神は御魂、人は骸。
罪深き者にこそ救いあれ。
「………」
暗い暗い森の中に、ひっそりと佇む古ぼけた教会。
月の光が、ステンドグラス越しに差し込む礼拝堂に、ひとり。
見たこともない少年が、我らが神の像へ祈りを捧げています。
「………」
あの子は誰なのでしょう。
掃除をしようと私が来た時には、既にその場に居ました。
迷子かと思いましたが、それならば、主に助けを乞う前に、
誰か人はいないかと探すことでしょう。いくら熱心な信徒といえど。
どうやら彼は、わざわざこんな場所に出向いて、神に祈っているようです。
少年は、あどけない顔立ちに似合わぬ、神妙な表情を浮かべていました。
まだ幼い彼の身に、いったい何があったというのでしょう。
それは、友でも、親でもなく、神との対話でしか打ち明かせない、
深い秘め事とでもいうのでしょうか。どうにも興味が湧いてしまいます。
「………」
ところで、少年は気付いているのでしょうか。
彼の目の前に立つ神の姿は、堕落した神…我らが魔物の神であるということに。
知っていて祈っているのだとすれば、それはとても喜ばしいことですし、
もし知らないのであれば、私は彼に、そのことを教えてあげなければいけません。
なぜなら、それが私の責務であり、趣味であり、好きなことであるからです。
私はほくそ笑みながら、いつ彼に声を掛けようか、胸を弾ませていました。
「…神様…」
ふと…小さく、震えた声で、彼が呟きました。
その声色からは、やはり少年らしからぬ悩みが見え隠れしています。
それは悲しみなのでしょうか。それとも、苦しみなのでしょうか。
もしかすれば、その両方なのかもしれません。それらを抱えるのが人の子です。
私はどうにかして、苦心に歪む彼の表情を、笑顔に変えてあげたいと思いました。
「………」
可愛らしい声に、耳を傾けながら。
私はひとつ、ある案が浮かびました。
「………」
…静々と、音を立てぬよう。足を一歩、前に出します。
廊下から出ずる修道女を、妖美に映し出す月の煌き。
彼にこの姿を見せられないことは、心から残念ではありますが、
これから為すことへの期待が、そんな私の想いを宥めてくれました。
一歩、一歩…。悟られないまま、彼との距離を縮めます。
もし彼が今、何かの気紛れで目を開け振り返れば、全ては水の泡です。
しかし、私は彼の様子をずっと観察していて、それはないと確信していました。
少年は非常に真面目な性格のようで、四半刻もの間、あの体勢のままなのです。
普通ならば、大人でも、足が痺れてお尻をついてしまうにも関わらず…。
「………」
そんな彼の横を、そっと通り抜けて。
私は、主を模った像の後ろに回り込み、背を預けました。
ステンドグラスに描かれた、交じり合う人と魔物が、黒衣の信徒を見下ろします。
胸を押さえ、小さく息を吐き…。
静けさに包まれた礼拝堂に、私は声を響かせました。
―我が子よ、祈りを聞き届けましょう。
「っ!?」
突如、降り注いだ誰かの声に、彼は顔を上げました。
その反応に、私はくすりと微笑みながら、言葉を続けます。
―目を開いてはなりません。現界する私の姿を、人の子が見てはならないのです。
その言葉に、慌てて瞳を閉じ、再び俯く少年。
なんとも素直な態度に、ますます愛しさが湧き上がります。
私が思い浮かんだ案というのは、見ての通りです。
卑しくも神を騙り、私の言葉に彼を従わせるというものです。
敬うべき主になりすますということは、それは心苦しく不遜なものですが、
これから私が彼に行うことを見れば、きっとお許しになってくださることでしょう。
「か…神様なのですか…? 僕のために…?」
手を胸の前で組みながら、彼が主へと問い掛けます。
私も同じように手を組みながら、その問いへ答えを返しました。
―その通りです。迷う我が子の想いを聞き届けるために…。
返す言葉に、嘘偽りはありません。
私は彼の悩みを聞き、それを晴らそうと考えています。
それもまた、私の責務であるからです。迷える子羊を正すこと。
然るべき道筋を指し示し、子羊達を誘うのが、私の役目なのです。
「…神様…ッ」
彼は一段と、組む手に力を込めました。
私の声を神のものだと、心から信じたようです。
「神様…、僕は……」
そして、ぽつり、ぽつりと…。
我らが主の像の前で、彼はその胸の内を明かしてくれました。
「僕は…我慢できなくて…」
「幼馴染みの女の子と、川で遊んでいた時…」
「彼女の服が濡れて…、見えてしまったんです…」
「…彼女の、身体が…」
「………」
「……それで…、エッチな気分になって…」
「そういうことはあんまりしないように、って神父様から教わったのに…」
「お母さんから隠
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想