遠い北の果てにある、霧隠れの森を御存知ですか?
森全体が、一年中霧に覆われている奇妙な場所です。
その森の中に、一軒のお屋敷が建っています。
なんでも、かの大魔術師、トオン卿の住まいだそうで、
今では彼の子孫達が、平穏麗らかに暮らしています。
魔界に近いため、お屋敷の周りには魔物がうようよいますが、
よほど住み心地がいいのか、彼らは移り住む気がないようです。
さて、そんな辺鄙な場所に住む一家についてですが。
チョビ髭を生やした主人と、平民出なものの気配りが利く夫人、
二人の間に儲けられた双子の兄弟。以上が、トオンの名を継ぐ者達です。
更に、爺やとお抱えの魔術師がいますので、この広いお屋敷は、
6人という少ない人数を抱えながら、森の中に佇んでいるワケです。
彼らを知るにあたってのエピソードは、数多くあります。
祖先が大魔術師でありながら、魔術をまったく使えない主人。
結婚する前まではサクランボが好物であったはずなのに、
今では毎日、食後のデザートにメロンを欠かさない婦人。
他にも多々ありますが、今回語るお話は、ひとつだけ。
双子の兄弟、アルとプルのお話です。
お兄さんがアル、弟がプル。どちらも見た目はそっくりです。
性格も似ていまして、ふたりとも、動植物をこよなく愛していました。
優しさに溢れていますが、子供っぽさもあり、ひそひそ話をしては、
お抱えの魔術師を庭先に呼んで、落とし穴に引っ掛けたりもしました。
違うところといえば、ほんのわずか。
アルはとても活発な子で、広い庭を駆け回るような子でした。
対してプルは、大人しい子で、花に水を遣るのが好きな子でした。
あとは髪型くらいです。プルの方が、僅かに長い程度の差です。
落とし穴の件でも分かるように、ふたりはとても仲良しです。
一緒に遊び、一緒に学び、一緒に眠り…。常に手繋ぎ、一緒に居ます。
夫婦は、仲の良い子供達を微笑ましく思いながら、見守っています。
ふたりを孫のように可愛がっている爺やも、気持ちは同じく。
お抱えの魔術師だけが、双子の遊び相手だけは御免被りたいと思いながら、
自室に引き篭もっては、遊びに誘う彼らの声に怯えているのでした。
…ある時の事です。
アルの発案で、今日も彼らは庭で遊んでいました。
魔術師が鬼となって、双子を追い掛ける…いわゆる、鬼ゴッコです。
いつものように、アルはプルの手を引いて、庭中を逃げ回りました。
追い掛ける魔術師は、ぜいぜいと息を切らせながら、ふたりを追い掛けます。
日頃の運動不足が祟っているせいで、魔術師の足は子供にすら追い付けません。
魔術を使って、足を速くしたり、双子の動きを止めることはできますが、
それだけはしたくないという変なプライドが、彼の胸中にありました。
逃げれば逃げるほど。追えば追うほど。
両者の差は、離れる一方です。
振り返り、豆粒ほどになった魔術師を見ながら。
アルは屋敷の裏手に回って、一時、彼から身を隠しました。
疲れて、休もうとしているのでしょうか。いいえ、違います。
物陰に潜んで、魔術師が前を通り過ぎようとした際に、驚かそうと考えたからです。
プルにその旨を伝えようと、アルが振り向いた…そのときです。
横切る景色に、ふと、違和感を覚えました。顔の動きを、ぴたりと止めるアル。
ゆっくりと戻していくと…彼の目は、あるものに釘付けになりました。
柵です。屋敷をぐるりと取り囲む、背の高い鉄柵。
それは野獣や魔物除けのもので、人間以外の生物が触れれば、
電流に似た衝撃が走り、追っ払うよう細工されたものでした。
そのことは双子も知っていたので、それ自体は珍しいものでもありません。
アルの心を射止めたのは、その柵の一部が、歪み曲がっていた点です。
猪でもぶつかったのでしょうか。隣の棒にくっつきそうなまでに変形しています。
そして、そこにできた隙間は、ちょうど子供が通れるくらいの幅です。
それを見つめるアルが、今、何を考えているのか…。
お分かりでしょう。彼は、柵の外に出たいと考えていました。
その思い自体は、彼が前々から抱いていたものです。
このお屋敷から外へ出ているのは、食料等を買いに行く爺やだけ。
主人も、夫人も、魔術師も、一歩も外に出ようとはしません。
魔物を恐れているのか、単なる出不精か、理由は分かりませんが、
両親に合わせて、彼らは一度も外に出たことがありませんでした。
出ようにも、出入り口の門は、爺やの持つ鍵で固く閉ざされています。
爺やに頼んでも、こればかりは頑なとして聞き入れてくれませんでした。
ですからこれは、アルにとって、千載一遇のチャンスと言えるでしょう。
アルは興奮した様子でプルの名を呼び、鉄柵の隙間を指差しました。
プルも、その光景に、目を丸くして驚きました。
弟の反応
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