静寂に包まれた、古めかしい寝室。
窓から差す月明かりが、床へ、淡い影絵を描く。
いつもの僕なら、もう眠っている時間。
こうしてベッドに腰掛けてはおらず、毛布の中でグッスリ。
これが先日までならば、お母さんに叱られていたことだろう。
…胸が、異様にドキドキする。
お母さんがいないのをいいことに、眠る時間を破っているからだろうか。
でも、このドキドキは、どこか違う気がする。うまくは言えないけれど。
悪戯をしたときや、嘘を吐いたときのドキドキとは、違うように思える。
このドキドキはなんだろう。
部屋の中は限りなく静かなのに、鼓動は、全身へ響き渡るほど。
暑くもないのに、手汗がひどい。顕著なまでの緊張のサイン。
僕はいったい、何に対して、こんなにも緊張しているのだろう。
……………。
ちらりと、窓の外を見やる。
近いようで遠い山々。背景に望む、満天の星。丸い月。
それらを見つめながら、自らを落ち着かせるように、深呼吸をひとつ。
胸に手を当て息吐く姿を、影も真似して、僕をからかう。
…分かっている。何に緊張しているか、は。
でも、それを意識してしまうと、今の状態が余計に酷くなる。
言いだしっぺは僕だけれど。恥ずかしいのも僕の方で。
せめて、彼女を誘った手前、みっともない姿は見せたくない。
……………。
…僕は、彼女のことが好きだ。
だから、頼られたいとも思うし、優しくしたいとも思う。
そして何より、愛していることを、ちゃんと伝えたい。
とても恥ずかしいことだけれど、とても大事なことだと思うから。
それにあたって、もう、他のことは深く考えないようにしようと決めている。
いずれ呪いが解けて、彼女が元の牛の姿に戻るかもしれないということ。
そうでなくても、1年後、お婆ちゃんが退院し、僕らの別れの日が来ること。
そんなことを考えていたら、弱い僕は、不安に押し潰されてしまうのがオチだ。
だから、今はまだ、未来のことは考えない。まずは目の前のことから。
つまりは、告白から。
僕が、彼女のことを愛しているといこと。
それを言葉にして、彼女へ届けたい。
……………。
ももは今、牛小屋の方へ戻っている。
寝床を整理すると言っていた。それと、今日からは僕と一緒に寝る、とも。
この家にあるベッドは、ひとつだけ。必然的に、肩を並べて寝ることになる。
毛布の取り合いになることはないだろうけれど…色々と心配だ。
……………。
…正直に言えば。今、僕の心は。
彼女とエッチなことをしたいという想いで、いっぱいだ。
同じベッドで寝ることを許可したのも、つまりは、そういうことで。
ただ、下心は彼女に見せず、あまつさえ、僕の方が恥ずかしがって。
こういうのを、むっつりスケベ…っていうんだろう。卑怯者な僕。
我ながら、卑しいとは思う。
もしかしたら僕は、エッチをしたいがために、彼女に告白するのかもしれない。
エッチをするのは愛し合っているからだ、なんて…逃げ道が欲しくて。
……………。
…僕が、彼女を好きに思う理由。
そのひとつには、彼女が、そんな我が侭な僕を許してくれるから…
というのも、含まれているのかもしれない。甘えさせてくれる人。
そうすれば僕は、罪悪感に縛られず、さっきの食事の時みたいに、
自分の欲望をそのまま伝えることができる。いくら恥ずかしくとも。
辛い未来も、その時だけは、みんな忘れて。都合の良い考えだけを残して。
思えば、あの言葉は自分に矛盾している。
優しくしたい、頼られたいと思っているのに、出てくるのは甘えた言葉。
何してほしい、許してほしい…。昼間から、そんな考えや発言ばっかりだ。
今のところ、僕が彼女にしてあげられたことって、何かあるだろうか。
身体を洗ってあげるのも当たり前。食事を作ってあげるのも当たり前。
当たり前のことしかやっていない。僕は、彼女に何もしてあげられていない。
……………。
…やっぱり、意識するべきじゃなかった。
自分の悪いところが、どんどん浮き彫りになって見えてくる。
緊張どころか、不安な気持ちまで湧いてきた。気分が落ち込む。
こんな状態で彼女に会ったら、僕はまた、甘えてしまうだろう。
それはいけないことなのに。それは逆であるべきなのに…。
―コン、コンッ
不意に、ノックの音。心臓が口から飛び出そうになる。
彼女だ。ももが、寝床の整理を終えて戻ってきたんだ。
「…ご主人様〜? 入ってもいいですか〜?」
…ゴクリと、固い唾を飲み込む。
今の僕に、ちゃんと伝えられるだろうか。
彼女のことをどう思っているのか、胸を張って…。
いや、どちらにしろ、まずは彼女を部屋に迎え入れよう。
廊下に立ちんぼで待たせるなんて、それこそやっちゃいけない。
僕は、小さく震える身体を抑え…どうぞ、と…返
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