3.ごはんを食べよう

どんなに高い所に住んでいても。
太陽というものは、いつしか沈んでしまうもので。

「ご主人様〜…」

青々とした山々が、暗がりに染まる頃。

グツグツと具材を煮込む僕の下へ、近付いてくる彼女。
何の用事かは、聞かないでも分かる。お腹が空いたんだろう。
僕ももうペコペコだ。お腹と背中がくっつきそう。

「あ、ゴハンを作っているんですか〜?」

ももが、鍋の中で踊る野菜達を覗き込みながら、僕に尋ねる。

僕が今作っているのは、お母さんの得意料理。野菜スープ。
ホコホコとしたジャガイモや、苦味が抑えられた菜っ葉が美味しい、
塩味の利いたスープだ。僕とお父さん、揃って大好物の一品である。

…ただし、それはお母さんが作った場合に限って。
今作っているコレの味は、きっとイマイチ。と言うより、不味い。
どうしてって…ホラ、そこは切った具材の形を見て、察してほしい。
ニンジンやジャガイモがあんなに不揃いなのは、元の形のせいじゃなく…。

僕は苦笑いを浮かべながら、美味しくないかもしれないけれど…と返した。
作っている量は、二人分。言わずもがな、僕と彼女の分だ。
彼女に僕の手料理を食べさせるのは、なんだかちょっぴり気が引ける。

「えっ? 私の分もあるんですか〜?」

と、自分の分もあることが、意外だった様子のもも。
頷いて応えると、沈んでいた表情が、ぱぁっと明るくなった。

「ご主人様〜、もものために〜…
#9829;」

顔の前で手を合わせ、もじもじ。耳はぴこぴこ、尻尾ふりふり。
美味しくはないであろう僕の料理に、可愛く喜んでくれるもも。

そんな姿を見て、僕は、嬉しいような、照れくさいような、恥ずかしいような…。
彼女のために、もう少し豪華な食事にしてあげれば…と、今更後悔した。
例えば、豚肉入りのスープとか。明日からの食事に困るけれど。

「〜♪」

鼻歌交え、僕の隣に座る彼女。
肩を並べて、ふたり、不格好な野菜スープを見つめる。

…考えてみれば、彼女の場合。
肉入りのスープよりも、飼葉の方がご馳走なのかもしれない。
だって、彼女は牛なのだから。そちらの方が食べ慣れているはず。
見た目こそ人間に近いから、ついこんな対応をとってしまうけれど…。

食事に限った話じゃない。
身体を洗う際もそうだったように、彼女は牛の頃の環境を好んでいる。
なら、食事も、寝る場所も、前と同じままが一番良いんじゃないだろうか。
そうでなきゃ、僕がここに来るまでの間、ずっと牛小屋で待っていたりなんかしない。
人間と感覚が同じなら、せめて寝る場所くらいは変えているはずだ。

そこのところ…実際はどうなんだろう。
ハッキリさせるためにも、今の内に、彼女へ訊いておくべきだろうか。

「〜♪」

…ちらりと、彼女を横目で見る。

「…?」

気付き、こちらへ振り向くもも。
交じり合う、ふたつの視線。

瞬間…ドキッ…と跳ねる、僕の胸。
彼女の顔越しに浮かぶ、先刻までの情景。ふたりの艶事。

思わず…言葉が詰まる。

「ご主人様〜、どうかしましたか〜?」

そんな僕の顔を、彼女が覗き込む。
まるで、赤ん坊に問い掛ける母親のように。

我に返って、慌てて取り繕う僕。なんでもない、と。
心の内を見透かされないよう、必死になって。

「…?」

彼女は、明らかに不自然な態度の僕を、キョトンとした顔で見つめていた。
この時ばかりほど、彼女のおっとりさに助けられたことはない。
少しでも勘が良い人ならば、あっさりと見破っていただろう。

僕は気持ちを落ち着かせながら、彼女へと、先程の疑問を投げ掛けた。
ももが望むのは、牛の頃と同じ生活なのかどうかを。

「セイカツ…、ですか〜?」

しかし、予想とは裏腹に。
う〜ん…と唸り、上を向いて考え始める彼女。

いったい、何を悩んでいるんだろう。
イエスならイエス、ノーならノー。至極簡単な質問だと思う。
そして、彼女の言動から察する限り、恐らく答えはイエス。
そう言えない理由が、何かしらあるのだろうか…。

「………」

…静寂の中、コトコトと煮立つ鍋。
焚き火の淡い光が、ぼんやりとふたりを照らし映す。

気が付けば、空を泳いでいた白雲達は、もういない。
代わりに、いくつもの星達が…ひとつ、またひとつ。きらきらと。
月はまんまる、笑っていて。まるで僕達を見守っているようだった。

「…私は〜…」

ふと、彼女がこちらに向き直る。
地に付く僕の手に、自分の手を重ねながら。

「ご主人様と〜…」

そして、恥ずかしそうに…一言。

「一緒に居られる生活をしたいです〜…
#9829;」

告白の言葉。

「…えへへ…♪」

…ひどく、急所を抉る不意打ち。
またもや囚われる、僕の心。彼女という存在の中に。
高鳴る胸。ぼやける視界。呼吸は乱れ、荒く
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