2.身体を洗おう★

一面の野花と、青々しい草芽。蝶々がひらひら舞い飛んで。
その間を縫うように、さらさらと綺麗な小川が流れゆく…。

どこか幻想的な景色を前に、しばし見惚れてしまう僕。
まるでここは、御伽話で聞いた妖精の国みたいだ。
嫌になるほど自然豊かな場所だとは知っていたけれど、
まさか、こんな風景があるなんて思ってもみなかった。
ちょっと田舎を馬鹿にしていたかもしれない。素直に反省。

「わぁっ。素敵な場所です〜」

口振りからして、彼女もここに来るのは初めての様子。

お婆ちゃん作の地図によると、小川はここの他にも、
もうひとつ、南の方に流れていて、それらが下流で合流するらしい。
普段、牛たちを連れていっているのは、そちらの小川なのだろう。
考えてみれば、確かにここは景色が綺麗で良いところだけれど、
牛たちを連れてきてしまっては、地面がめちゃめちゃになってしまう。
それを知っていて、お婆ちゃんはこちらに来るのを避けていたのだろう。

「ご主人様〜。蝶々ですよ、蝶々〜♪」

とはいえ、今いる牛はもも一匹。
その心配をする必要はない。大人しいし。

さて、いつまでも景色に見とれていちゃいけない。
ここへ来た目的は、汚れた彼女を洗いに来たんだ。
どう洗えばいいからは分からないけれど、そんな時こそ、
お婆ちゃん直筆、牛の育て方マニュアルの出番というもの。

ページをめくり、牛の身体の洗い方を探す。
何も道具を持ってこなかったけれど、きっとブラシとかが必要だろうなぁ…
なんて思っていたら、やっぱりそうだった。マニュアルには、こう書かれていた。


◆◇◆◆◇◆牛の身体の洗い方◆◇◆◆◇◆

・用意するもの
バケツ、ブラシ、タオル

・洗い方
1.バケツいっぱいに水を汲む。
2.お尻から頭に向けて、水をかけていく。
 (ゆっくりかけてあげないと驚くので注意)
3.背骨をてっぺんに、上から下へとブラシで磨く。
 (磨く時も、お尻側から磨いていくこと)
4.最後に、全身をタオルで念入りに拭く。
 (拭く時も、やはりお尻側から拭くこと)

※たまに背中のマッサージもするべし。
 そうすることで、おいしいミルクが出る。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

バケツ、ブラシ、タオル…。
とりあえず、この3つを用意しないと話にならない。
一度家に戻って、これらの道具を探してこよう。

確認を終え、帳面を閉じ、振り返る。
そこには、人差し指を伸ばしながら、蝶々を誘うももの姿。
子供っぽいなと思いつつ、僕は彼女に、ここで待っているように告げた。

「わかりました〜。ここにいます〜」

そう言って、ちょこんとその場に座るもも。
助かる。普通の牛なら、こうはいかないだろう。
言葉が通じるっていうのは、とてもありがたいことだと思う。

そんな当たり前のことを考えながら。
彼女の笑顔と、バイバイする手に見送られつつ、
僕は駆け足でお婆ちゃんの家まで戻っていった。

……………

………



すごく今更なのだけれど。
僕はついさっきまで、重大なことを忘れていた。
気付いたのが、ブラシを見つけた瞬間。

彼女は今、牛じゃあない。

本当に、何を今更…と言われれば、その通りではあるけれど。
ブラシを手に取って、これでどこを磨くんだろう…なんて、
他人事みたいな考えと共に思い出した。なんて能天気。
さっきまで余裕そうに、仲良くおしゃべりなんてしていたのは、
今の状況がどれだけ大変なことか理解していなかったからだろう。
なんだかんだで、やっぱり混乱していたんだと思う…。

いや、反省は後でするとして、これからどうするかだ。
当然ながら、マニュアル通りにやるワケにはいかない。
そんなことをしたら、僕も恥ずかしいし、ももだって嫌がるだろう。

そう思って、僕は彼女に、水浴びのやり方を覚えてもらおうとした。
言葉は通じるのだから、教えるのはそう難しくないと考えたから。

が、物事はうまく運ばないもの。
彼女はなんと、僕に洗ってほしいと言うのだ。嫌がるどころか。
お婆ちゃんの洗い方がよっぽどお気に入りだったようで、
僕にも同じように、マニュアル通りの洗い方をしてほしい、と。

当然、僕は必死になって断った。
お婆ちゃんみたいに上手くできる自信がないし、何より恥ずかしい。
今のももの身体を洗うというのは、つまり、女性の身体を洗うのと同じだ。
どうして僕が、そんなことができるだろう。無理中の無理。不可能だ。

けれど…そう答えると、彼女はひどくしょんぼりとしてしまった。
耳と尻尾をペッタリ垂らして、あからさまに俯きな表情になって…。
まるで、楽しみにしていたオヤツが無くなった子供みたいに。
地面に座り込んで、のの字まで書き始める始末。

…そんなこんなで…。

「それじゃあ〜、ご主
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