第七記 -クノイチ-

…さて、ここはどこだろう。

シー・スライムと別れてから、とりあえず海岸沿いを歩いているけれど、
見えるのは砂浜と、海と、森。道らしい道も、開けた場所もない。
月もだいぶ高く昇ってきている。おなかも空いた。服もない。早く家に帰りたい。

………変わらない景色。
月に光に砂粒が淡く応える、幻想的なそれはとてもきれいではあるけれど。
でも、おなかは満たされない。気持ちもどんどん沈んでいく。
そして追い打ちのように吹く突風。吹き飛ぶものなんて何もないのに。

…あぁ、ごはんが食べ―

「………」

…口と、首に、感触。風に…森が、ざわめく。

「…異国の者か」

…手で塞がれて、しゃべれない。
首には…ナイフのような、見慣れない刃物が添えられている。
胸の前にも、しっぽ?の先端が鋭い刃のようになったものが、突きつけられている。

「我らの里に近付き…何の企みか」

魔物…、図鑑で見たことがある。
ジパングにしか生息しない、サキュバスの亜種…クノイチ。
…横目が、鋭く、冷たい瞳と、交差する。

「答えろ」

ぐい、と強く引き寄せられる。
刃が近付き、ぞわ…とした寒気が、首から肩に抜ける。
より鋭さを増す眼光。

「………」

…恐い。あの人たちと…村のみんなと…似た、恐さ…。

「…?」

………………………………。

「………脅えるな。お主を殺める気はない」

すっ、と離れる、二つの刃。
押さえる力も弱まり…乱れた呼吸が、少しだけ楽になる。
…泣いてしまっていた。腰も抜けて…支えられている状態だった。

「…ただの子供か…。恐がらせてしまったな…」

…張り詰めていた空気が、和らいでいくのを感じる。
霞んだ目に、先程とは違う瞳が映る。

「…話せるか? 住まいは何処だ? 何故裸でいる?」

……………

………



「…ふむ」

表情は読み取れないけれど、悩んでいるのかな…と思った。
ジパングと、私の住んでいるところは、距離自体は遠くない。
ただ、それは海を隔てての話。陸路だと1週間は掛かる。
迷子を家に送るには、とても遠い道のり。
……服に関しては、溺れている最中に脱げた、ということにしておいた。

「………」

…図鑑によると、ジパングの魔物は他の魔物と違うところがあるらしい。
それは、人間とごく自然に共存できているということ。
否定とか、強引とか、そうしてお互いの考えをぶつけ合うんじゃなくて、
相手がどうしてほしいか…それに応えたい、って考え方。歩み寄り。
独占欲が強い種が多いのも、理由の一つ…とも書いてあった。
…ただ、クノイチは特殊、ともあったけれど…。

「…友に乞えば、明日には帰せるやもしれぬ」

クノイチが、視線を合わせる。

「今宵は休め。…だが、里には連れてゆけぬ」

そのまま、お姫様だっこ。

「少し先に空き家がある。ゆくぞ」

トンッ、と、机を指で叩いたような、小さく弾く音。
ふわっ…と…地面が、遠く。思わず身をすくめる。

「ん…、こら」

はだける、たわわな乳房。
…無意識に服を掴んで、ずらしてしまった。咎められる。
風のような速さの中…何事もないような素振りで、乱れを直すしっぽ。
そのまま手首に絡まり、引っ張られ…マフラー部分に招かれる。
…引っ張りすぎてしまわないよう、掴む。

「………」

枝から枝へ。木の葉を縫い、闇の森を吹き抜ける。
横切っていく景色。反して、静かな、静かな夜。
影だけが荒々しく。

「あそこだ」

先を見る。
…一際大きな樹の影に、ぽつんと、隠れるように立つ小屋。
見た目は、初めて見た時の我が家よりひどい。廃屋だ。

…地面に降り立つ、クノイチ。

「…立てるか?」

はっとして、頷く。
ゆっくりと地面に立つと…足元が、ふわふわしておぼつかない。
バランスが取れず、クノイチに寄り掛かってしまう。

「じきに慣れる」

私の肩を抱いて、廃屋に向けて歩き出す。千鳥足で、懸命に合わせる。

…それにしても…間近で見ると、更にひどい。玄関戸がほぼ骨組みのみ。吹き抜けだ。
そこから見える中の様子は、虫食いの壁に、蜘蛛の巣、毛布と、薄いマットレス。
文句なんて言えるわけもないけれど…、抵抗が、ある。

…軋む音と共に開く玄関戸。

「ソラはまだ上がるな」

言われて、立ち止まる。
サンダルを脱ぎ、一段高いところへ上がるクノイチ。

「座れ。足を出してみろ」

上がり場に座り、体育座りの体勢で、足を地面から浮かす。
クノイチに目を向けると、私からは顔が見えない向きでマスクをずらし、
口元にマフラーの先端をあてがい…放して、元に戻した。

「………」

屈んで…マフラーで、ごしごしと足の裏を拭き始める。
それは、私にとって…とても罪悪的な感じがして、逃げるように足を離した。

「大人しくし
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