命は、愛を育み、子を生していく。
それはきっと、未来永劫変わらない。
「失礼します」
引き戸を開き、一礼。
行燈が灯り照らす部屋の中。暗がりは広く。
しかし、その中ではっきりと映る影がひとつ。
白い寝間着を羽織った、少年の姿。
まだ青さの残る顔立ち。やっと太刀を携えられる背丈。
布団の脇に座し、緊張した面持ちでこちらを見つめている。
あの子こそが、私の愛する許嫁。
「………」
部屋に入り、戸を閉める。
同時に、顔を伏せてしまう彼。ほのかに頬が紅い。
恥ずかしがりやの彼は、剣の名門の跡取り息子。
当主が55の時に儲けた、第一子にして長男坊。
心優しく、思慮深く。口数少ないところも親譲り。
剣の腕も冴え渡り、将来を有望されている子だ。
対して、私も名のある一族の娘。金毛白面様の血を継ぐ一族。
伏見稲荷大社にて、神格として扱われている稲荷の一人が、
私の13代前のお婆様と言えば、どれほどのものか伝わるだろうか。
ただ、私自身はいたって普通の稲荷であり、強い魔力もない。
言わば、ご先祖様やお婆様のおこぼれを頂いてしまっている身。
「…今宵は、冷えますね」
振り返れば、障子に斑点の影。
月明かりが照らす、雪の版画は幻想的に。
しんしんと、しんしんと。朝には如何ほど積もるだろう。
「………」
恭しく…彼の隣へ、身を寄せる。
彼は、ちらりとこちらを見て、また目を背けてしまう。
いつもの彼のようでもあり、違う一面の彼のようでもあり。
…私が彼の許嫁となったのは、彼が生まれた日。
以前から当主と親交を結んでいた私の母は、そのめでたい席で、
出産を祝う言葉と共に、ありがちな…軽い冗談を言った。
しかし、それを当主は真に受け、母に深く頭を下げたそうだ。
まさに瓢箪から駒。母も深々と頭を下げ、これを喜んだ。
その日から私は、彼の恋人となった。
と言っても、相手は赤子。当然私は驚いて、初めは断った。
母もその点は悩んでいたらしい。しばし腕を組んで考える。
…が、次の瞬間、とんでもない一言が飛び出した。
貴女好みに育てちゃいなさい、と。光源氏計画である。
「…緊張しているのですか?」
その一言に…頷く、彼。正直者。
正直な答えは、彼の男らしさを下げてしまうけれど。
それ以上に、隠さず打ち明けてくれる姿勢に、嬉しさを感じる。
彼がここまで私に心許してくれているのにも、理由がある。
それは、先に話した光源氏計画の一端で、許嫁を誓った日から、
四六時中…それこそ、彼の母親と同じくらいの時間を、彼と共に過ごしてきたから。
寝食だけでなく、学び、遊び、お風呂も一緒。互いの全てを見せ合って。
一緒にいなかったのは、彼か私が厠に行く時くらい。おしめだって取り替えた。
つまるところ、彼にとっての私は、もう一人の母親であり、
今の年齢から見れば、姉のようでもあり、そして恋人なのだ。
だから、私の前ではこれほどまでに素直で、甘えん坊になる。
それは誰かが意図したものではない。彼自身が育んだもの。
私が注意したのは、彼に絶え間ない愛情を注ぐこと。
それだけだ。それこそが、私の光源氏計画。
「…
#9829;」
彼の頭に手を乗せると、びくっ…と震える身体。
その様子に愛おしさを感じながら、瑞々しい髪をそっと撫でる。
今宵は、光源氏計画の集大成。
成人を迎えた今日、当主も公認の、彼の筆下ろし。
彼もそのことは前々から聞いていて、ずっと落ち着きがなかった。
急に私のことを意識し始め、一緒にお風呂に入るのを避けようとしたりした。
若干遅れて訪れた、彼の思春期。
初々しく、あからさまで、今更な。
「…では…」
彼の耳元で、囁く。
「致しましょう…
#9829;」
三度、顔を上げる彼。
浮かぶのは、期待以上に…不安に満ちた表情。
どうすればいいのか分からない。そう言いたげな…。
私は、彼の温かな手を包み、言葉を紡ぐ。
「大丈夫です…。私に、全てお任せください」
「貴方は、身を委ねてくださるだけで良いのです…」
左手で彼を抱き寄せ、右手で掛け布団を捲る。
小さく呟かれる、彼の言葉。私の名前。少し震えて。
彼の頭と腰に手を回し、ゆっくりと布団へ寝かせる。
私のお願い通り、促されるままの彼。可愛らしい。
「ふふっ…
#9829;」
短な前髪を掻き上げ…顔を近付ける。
不安のせいか、瞑られる目。ほんの小さな、欲への抵抗。
…唇が、重なり合う。
「ちゅ…
#9829;」
……………。
…そっと、離れて。
あたたかい…。これが、彼の唇。
自らの唇に指を当て、感触を思い起こす。
赤ん坊の頃から付き添ってきた彼の唇。それを奪った私。
湧き上がる、この感情は何だろう。感動、背徳、あるいは…。
「ん…
#9829; ちゅっ…
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