きっかけは些細なことだった。
僕もそろそろ大人の仲間入りをする年齢になる。
そこで母さんは、僕が成人の儀の時に着る服を買いに行こうって言ったんだ。
だけど、僕は母さんと一緒に服を買いに行くのが嫌だった。
だって、そうだろう。友達に見つかったら、なんて茶化されるか。
服も自分で選べないのか、と。服を買うお金さえ親頼りなのか、と。
母さんの提案に、僕は、一人で行くからいいよ…と断った。
それなのに、母さんはしつこく、一緒に行こうと言った。
僕が何度断ろうとも、引き下がろうとはしなかった。
普段なら簡単に諦めるのに。何が母さんをあそこまで必死にさせたんだろう。
段々、僕は苛立ってきた。
話の道筋を外れ、日頃の母さんに対する不満を口にした。
対して、謝りはするものの、やはり諦めようとはしない母さん。
それが余計に僕の怒りを逆撫でした。そして…酷い言葉を浴びせてしまった。
その一言が堪えたのか、母さんは泣き出してしまった。
僕はその場に居辛くなって…何も言わずに、家を飛び出した。
駆けて、駆けて、駆けて…気が付いたら、街の外。
丁度近くに生えていた樹の根元に、よろよろと腰を下ろした。
…そして、今に至る。
つまりは…家出だ。家にはもう帰りたくない。
母さんにどんな顔をして会えばいいっていうんだ。
死んだ父さんは、今頃天国で僕の行いを見て、怒っているかもしれない。
でも、謝るのだけはゴメンだ。僕が…僕が、悪いワケじゃないのだから。
母さんがあんなことを言うから…。母さんが引き下がってくれないから…。
だから…。
「やあ、少年」
不意に、声。
驚いて顔を上げると…女性の姿。
「ひとりぼっちでどうしたんだい? もうそろそろ夜が来るぞ」
気さく、溌剌、明瞭に。
僕に声を掛けてきたのは、旅人のようだった。
朱と黒を基調とした、軽装の騎士の様な出で立ち。
服装とは対照的な、ブロンドヘアーと色白の肌。
腰に差した剣の鞘は、紫色に妖しく輝いて。
鍔の広い帽子を、指でくいっと押し上げ、彼女は言う。
「迷子になるような歳ではなさそうだね」
…僕のことを探っているのだろうか。
放っておいてほしい。行きずりの旅人に話すようなことじゃない。
彼女を無視し、僕は再び頭を伏せて、視界を自分の膝いっぱいにした。
「ははあ、これは困り事と見た。キミは悩んでいる」
何を当り前なことを。
この姿を見れば、誰だってそうだと分かるだろう。
僕が暗に言いたいのは、そういうことじゃない。
そっとしておいてほしいんだ。もう構わないでほしい。
親切心なのかもしれないけれど、余計な御世話なんだ。
僕は今、一人でいたい…。
一人になりたいんだ…。
「気を落とすな、少年。ボクが隣に居てあげよう」
と…そんな僕の気持ちを無視し、あろうことか、座り込んでしまう女性。
今日はなんてついてないんだ…。
家出をした後は、お節介な旅人に絡まれるなんて。
おまけに、妙に近い。それに、じっ…と僕のことを見ている。
それほど僕のことが気になるのだろうか。なんなんだ、この人…。
「………」
…これからどうしよう…。
この人はたぶん、無視し続ければ、その内諦めてどこかに行ってくれるとして。
当面の生活だ。寝るところとか、食事とか…。財布は家に置いてきてしまった。
…友達の家に……いや、限度がある。そう何日も長い間は無理だろう。
母さんにバレてしまう可能性もある。街の外で暮らすのが一番かもしれない。
「………」
待てよ…。隣町で、住み込みの職を探すのもいいかもしれない。
そうすれば、そのまま自立もできるし、一石二鳥だ。
問題は、道中の安全確保だけれど…誰かに付いていけばいいかな…。
でも、この人はやめておこう。あれこれ訊かれそうだ。
家出なんて知られたら、母さんの前に突き出されかねない。
「…ふぅむ…」
……母さん、今頃どうしてるのかな…。
僕が帰らないことを、心配しているかもしれない。
もしかしたら、友達の家に尋ね回っているかもしれない。
…でも…悪いのは、母さんだ。母さんが悪いんだ…。
どうして、僕の意見を聞き入れてくれなかったんだ。
どうして、僕の気持ちを分かってくれなかったんだ。
……どうして……。
「…いじめ、いや、喧嘩かな。後悔している顔だ」
っ!?
「それも、家族との喧嘩。友達との喧嘩なら、家に逃げ込むだろうしね」
なっ…。
「御名答かい? 景品はあるのかな?」
……………。
「話して御覧よ。スッキリするから」
…本当に、なんなんだ、この人は。
ちょっと言い当てたくらいで、得意ぶって。
それがどれだけ僕の苛立ちを募らせているか。
関係無いんだ。あなたには全然関係の無いこと。
放っておいて…、放っておいてよ。僕の問題なんだ
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