「さぁ、素振りを100回だ!」
雲一つない青空の下。
城の中庭に、先生の号令が響き渡る。
それに対して、大きな声で返事をし、掛け声と共に剣を振るう僕。
イチ、ニ…と、回数を刻んで。
7キロもある鉄の塊を振るう度に、その重さが腕にズシンと圧し掛かる。
でも、これで根を上げてはいられない。実戦では鎧を着込むからだ。
30キロ程の重りを着込んだ状態で剣を振るえて、初めて一人前を名乗れる。
一人前…というのは、もちろん、戦士として。
だけれど、僕の場合はそれだけじゃ…剣の腕だけじゃ足りない。
たくさんの本を読んで勉強して、魔法を使えるようにならなきゃいけない。
魔法使いとしても一人前になって、僕はやっと本当の一人前になれる。
何故なら僕は、いつか王様の命を受け、旅立つ日を夢見ている…勇者の卵なのだから。
「………」
そして彼女が、僕を一人前の勇者にしてくれる先生。
剣の腕も一流で、魔法も使える、それこそ勇者みたいな人。
少し怒りっぽいけれど、優しくて、強くて、カッコイイ。
僕の自慢の先生であり…憧れの人だ。秘密だけどね。
ちなみに先生は、元々はこの国の人じゃない。
放浪の騎士としてお城に訪れた…つまり旅人だ。
それはちょうど僕が生まれた頃で、王様は先生の実力を試すために、
この国に住む条件として、僕を立派な勇者に育て上げることを提案した。
それで今、こうして僕に剣の稽古をつけてくれている、というワケだ。
「…ソラ」
38の掛け声のところで、先生から呼び止められる。
剣を振るう腕を止め、見やると…自らの右手首を指差す姿。
「その包帯は何だ? 怪我をしたのか?」
そう問われ、僕は自身の右手首に目をやる。
下手糞に巻かれている包帯。僕自身が巻いたもの。
僕は質問に対し、ちょっと転んだだけです、と返した。
しかし、その返答に違和感を覚えたのか、眉を顰める先生。
首に厚く巻かれたマフラーが、長い髪と共に棚引く。
「…見せてみろ」
一歩踏み出し、先生が僕の方へと手を伸ばしてくる。
慌てて右腕を背にやり、なんでもないです、と答えたけれど、
それは火に油を注いだだけで…更に一歩、距離が縮まった。
鎖帷子を鳴らしながら、近付いてくる先生。
そして、目の前に立ち…僕に影を落としつつ、言葉を繰り返した。
「見せてみろ」
…こうなってしまっては、もう、逆らえない。
気まずい想いから、明後日の方向を見つつ…右腕を晒す。
手に取られ、躊躇無く解かれていく包帯。
一番見られたくない人の前に、全貌を現す隠し物。
「………」
……………。
「…ソラ」
あぁ…。怒らせちゃった…。
「これは剣傷だな? 昨日の稽古が終った後か?」
顔を伏せて…小さな声で答える。
それを聞き、やや強く握られる僕の腕。
「私がいないところで、剣は振るうなといつも言っている筈だ」
怒気のこもった声。
恐さと、落ち込む心から、ますます身が縮む。
そう、僕が包帯を巻いたのは、秘密の特訓をしていることを隠すため。
早く一人前の勇者になりたいがために…そして、先生のために…
先生がこの国に永住できるようになってほしいがための、秘密の特訓。
バレるワケにはいかなかったのだけれど、先日、ちょっとしたミスで
手首の外側を切ってしまい、こうして包帯を巻く状況になってしまった。
結局は、それが命取り。
巻かれた包帯を、先生が見逃すはずなんてなかった。
「前も、同じ約束を破ったな。もうしないとも誓った筈だ」
心に刺さる言葉が次々と飛んでくる。
自業自得とはいえ、やっぱり辛い。めげそう…。
「…私の教えに、不満があるのか?」
と、急にとんでもないことを言い出す先生。
ありえない。顔を上げ、必死に首を振って否定する。
その際、視界に飛び込んできたのは、怒っているようで…
でも、どことなく困ってもいるようにも見える…先生の表情。
今まで見たこともない反応に、少し驚いてしまう僕。
見つめる僕へ対し…先生はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なら、何故だ? 何故、私との約束を守らない?」
僕の急所へ、刃先を突き付けるかのような問い掛け。
…どうしよう。
正直に答えてしまうべきなのだろうか。ありのまま、全部。
でも、それはあまりにもカッコ悪くて…できるものじゃない。
例え先生が、特訓の理由を聞いて、喜んでくれるとしても…だ。
僕にだってプライドがある。好きな人の前でくらい、カッコつけたい。
「………」
かといって、適当な嘘も思い付かず…黙ってしまう。
これはこれでカッコ悪い。そんなジレンマに苛む僕。
沈黙が場を支配して………それを破ったのは、先生の一言。
「…今日の練習は、もう止めだ」
手を離し、くるりと踵を返す先生。
予想外の言葉に驚き、上げた視線に
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