今日も彼はやってきた。
獣ひしめく、この森に。
「こんにちは、おねえさんっ!」
能天気な顔。身体中に擦り傷を付けて。
手に持っている袋からは、焼き菓子の匂い。
よくそんなものを持ちながら、森の中を歩けるものだ。
「おねえさん、今、狩りの途中?」
私が何をしているのかは、理解できるらしい。
ならば、もう少し考えを巡らせて、邪魔であることも察するべきだ。
いつもいつも、私の後を追ってくる。獲物に気付かれることも多々。
この人間は、毎日…もう1ヶ月以上も、私を探しに森へとやってくる。
何が楽しいのか、飽きもせず、毎日、毎日、毎日…。余程の暇人だ。
その手には、いつも焼き菓子を携えて。獣達の格好の的といえる。
こういった生き物は、死に瀕する直前まで、それが分からないのだろう。
「ついていっても、いい?」
人間の言葉を無視し、風に鼻を添える。
…南の方か。そう遠くはない。
兎。数は3匹。…同族も近くにいる。
急ごう。先を越される。
「あっ…」
背高の草むらを縫って、駆ける。
葉の動きを読み、風の流れを掴んで、自分が通る道を描く。
動きは出来るだけ最小限に。音にさえ私の存在を隠して。
同族はまだ動いていない。今なら獲れる。
何もアクシデントが無ければの話だが。
「お、おねえさ…うわっ!?」
そう、あいつだ。派手な音を立てて転んでくれた。
気付かれたな。
兎の方は、まだ動いていないが…同族、さすがに速い。
こちらに一瞬気を向けただけで、私の狙いが分かったようだ。
2匹は獲られるか。残り1匹も怪しい。
「あっ…クッキーが…」
鼻を突く、あの匂い。
袋の中身をぶちまけたか。奴らも、さすがに気付いたようだ。
北から野良犬が3匹。西からヒグマが1匹。東からオオカミが5匹。
…南から向かってくる獣はいないな。不幸中の幸いか。走る邪魔にならない。
「どうしよう…、泥だらけ…」
…見えた。血の匂いもする。
駆け抜け、すれ違いざまに交差する、同族の鋭い視線。
ちょうど2匹目を仕留めたところのようだ。動きが鈍い。
3匹目の位置は…私の方が近いな。獲れる。
「…え? あっ!? ひっ…!」
諦めず、向かってくるか。私もそうする。無駄と分かっていても。
どんなことにも、付き物なのだ。私の場合、特に経験している。
アクシデントというものを。
「おっ…おねえさーんっ!!」
っ…!
…一瞬の躊躇いが、勝負を分けた。
同族は3匹の兎を抱え…私に目もくれず、風となって去っていった。
それは、なんら不思議なことではない。私達は、そういうものだ。
踵を返し、来た道を全速力で駆ける。
「やっ…! 痛いっ!」
焼き菓子の匂いに混じって、彼と、オオカミの…いや、野良犬もいる。
ヒグマも近いが、私の方が速い。他は…いないな。ならば、狩れるか。
「やめてっ! 離れてよぉっ!」
見えた。
オオカミは…眼前に1匹。彼に跨っている2匹。傍らに2匹。
野良犬は焼き菓子に夢中か。アレは後でいい。まずは眼前の…。
「ひぐっ!」
っ…!
「っ…!? あっ…!」
…何をしている。何故、彼の肩に噛みついた奴から仕留めた。
眼前だ。まずは、眼前にいる奴を仕留めるべきだった。
来るぞ。逃した奴が、こちらへ噛み付いてくる。回避は…間に合わない。
「おねえさんっ!」
二の腕に突き刺さる、鋭い牙。
肉に喰い込み、骨まで砕かんと込められる力。
反省なぞしている暇はない。それは生き残ってからだ。
空いた手の鎌を立て、一閃…首を吹っ飛ばす。
迸る鮮血。怯えた声を上げる、人間と野良犬。
体勢を立て直す暇もなく、襲い来る3匹。
1匹の顎を蹴り上げ、身体を転がらせて横へ避ける。
「あぶないっ!」
立とうとしたところで、2匹跳び掛かってくる。
悪手だ。二刀を水平に、開いた口へ滑り込ませ…薙ぐ。
悲鳴と共に、上下を別つ身体。臓物の悪臭が鼻を刺す。
残り1匹。少し離れた位置で様子を伺っている。
私は、未だ腕に喰らい付くそれを外し捨てて…。
背を向け、獲物の狩りを終えた。
「え……ひぃっ!?」
ぐしゃりと、鈍い音が耳に届く。
あれと争って獲り合う獲物ではない。素直に譲る。
「ぁ…っ……ぁ…」
…野良犬は逃げたか。残っていても、熊の餌になるだけだが。
奴も、私と争う気はなさそうだ。あれで事足りたか。
私の方も、これだけ食糧があれば充分だろう。味は不味いが。
さて…。
「………」
餌を拾い上げ…巣へ帰ろうと、一歩踏み出す。
「ぁ…」
……………。
「………」
…邪魔だ。
「わっ!」
腕にしがみつくそれを、軽く振り払う。
泥まみれの身体を、更に泥で濡らす人間。
「………」
……………。
「………」
…震えた身体を押し付
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