幻冬灯火

さむいよう。
くらいよう。

木の葉も去り、冬が迫る季節。

ここはジパング。人間と魔物が共存する国。
ヤマガタという名の都市、それに属する辺境の村の、更に外れに建った小屋。
一見、人など住めそうにもない…ひどく汚れ、崩れた小屋。

その中に、ひとりの少年がいた。
月が覗く…小屋の中心で、身体を丸めて、ひとり。
時期外れな服、いや、ボロ布を纏って、寒さに耐えていた。

さむいよう。
くらいよう。

うわごとのように、繰り返されるふたつの言葉。
誰の耳にも届かない。両親が彼を見捨てて、5日経つ。

彼はいらない子だった。
父親が使用人との間に儲けた子供。
母親にとっては、この世で一番許せぬ存在。
父親は、母親から許しを得る代わりに、使用人を辞めさせた。
そして彼を、この物置であった小屋に閉じ込めた。7歳の頃の話である。

隠されて育てられてきたその子の存在を、村人は知らない。
母親は、あの小屋に猛犬を閉じ込めたから近付くな、と言い回った。
もちろん、自分自身も近付かない。あの女に似た顔を見るのが嫌だった。

父親も、最初こそ水や食料をまめに運んでは、彼に詫びていた。
だが、父親が好きであったのは使用人の女であり、この子ではない。
彼女がいなくなった今、元の鞘に収まるには、少年が邪魔であった。

そして…その緒が切られたのが、5日前。
何も教えられずに育った我が子に、可愛げがない、と吐き捨てて。

さむいよう。
くらいよう。

少年はひとりぼっちになった。
風も雨も素通りする部屋には、ただひとつの提灯を残して、彼ひとり。
痩せ衰え、もう、いつ、ふっ…と逝ってしまうかも分からない。
もしかしたら、繰り返す言葉は、それに対する僅かな抗いなのかもしれない。

いつ、ふっ…と、というのは、提灯も同じ。
もう蝋が尽き掛けて、灯火も徐々に小さくなっている。
まるで彼の命を表しているかのよう。徐々に、徐々に、小さく…。

闇が蝕んでいく中で、彼は呟く。

さむいよう。
くらいよう。

火が、小指の爪ほども無くなっていく。
重くなっていく、少年の瞼。もう、寒さも、暗さも、分かるまい。
それでも、壊れた蓄音器のように、死の間際まで言い続けるだろう。

さむいよう。
くらいよう。

少し離れた、彼の両親が住む屋敷から、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
父親と、母親と、兄の、楽しそうな笑い声。そこに彼はいない。

さむいよう。
くらいよう。

火が。

さむいよう…。

あぁ、火が。

くらいよう…。

……………。

…いつしか、静かな夜が訪れていた…。

……………

………



………ん。

…ょーん。

ちょーん。

はっ…と、少年が目を覚ます。

目の前に広がるのは、瞼を閉じていた時と変わらない…暗い世界。
それでも、彼はその耳で聞いた、不思議な音が気になった。

だれ?

少年は、おぼろげな瞳を擦りながら、暗闇に問い掛ける。

…返事はない。夢か、幻だろうか。
そう思いながらも、少年はもう一度、深い闇に言葉を放る。
誰か居てほしい。誰でもいい。例えそれが夢でも、幻でも。

だれか、いるの?

その時。

ぽっ…と、光が満ちた。
彼の目の前。提灯が置かれていた場所から。
寒さも、暗さも、忘れさせてくれるような…温かな光。

少年は驚いた。
明かりもそうであるが…それ以上に、光を放つ、その何かに。

ちょーん。

先程聞いた、不思議な音を立てながら、それはもぞもぞと動いた。
そして…立ち上がったのだ。2本の足で。確かに、2本の足で。

そう。人間だ。人間の、少女だ。
犬でも、猫でもない。人間だ。

なんと不思議なことだろうか。
今にも死にそうであった少年は、危うく肝が潰れるところだったが、
それ以上に、自分以外の人間が傍にいることに、嬉しくて、涙が溢れた。

少年は気付いていなかった。彼女が、妖怪であることに。

提灯おばけ。それが彼女の正体。
付喪神と呼ばれる魔物の一種で、傘や提灯…人に使われる道具に、
魔力が宿り、魔物へと変わった…ゴーレムに近い存在である。
魔物である以上、その性質は他と変わらない。男の精を喰らう存在だ。

だが、彼はあまりにも無知で、孤独であった。
吹き返した生への執着を、彼女の元へ腕を伸ばすことに使った。
いや…例え、自分を喰らう存在だと知っていても、手を伸ばしただろう。
それほど彼は寂しかった。恐かった。彼にとって、ひとりぼっちこそ死の象徴だった。

ソラ。

ソラ、空。彼の名前。
再び驚く彼の手を取り、少女は言葉を続ける。

さむくない?

痩せた少年の手を包む、少女の小さな手は、部屋を包む光のように温かかった。
少年が頷くと、少女は、もうひとつ彼に問うた。

くらくない?

少年がもう一度頷くと、にっこりと、
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