陽気麗らかな昼下がり。今日もお店は閑古鳥。
「アイヤー、暇アルなぁ…」
そうぼやきながら、中華包丁をリズム良く鳴らしているのが、
当店『華味 狐色』の店長、妖狐の魔物、ヨーコさんである。
店長の言うとおり、もう日も沈んで夕食時だというのに、
30人ほども入るお店の中にいるのは、お得意さんの2人だけ。
それを含めて本日の来客、驚くなかれ、たったの7人。
店としてやっていけているのが、不思議なくらいの人数だ。
「ほっ、と。はい、ソラ、8番テーブルに青椒ネ」
チンジャオロースの盛られたお皿を、ふさふさの尻尾が僕の前まで運んでくる。
お客さんが来ない理由の一つは、これ。
店長のお尻に生えた、5本の尻尾。見ての通り、毛がふっさふさに生えている。
毛というものは抜け落ちるもので。店長の場合、特に毛が多いから余計に。
抜けた毛は、床に落ちたり、テーブルに飛んでいったり、料理に入ったり…。
そう、料理に毛が入ってしまうのだ。それを食べたお客さんは、大抵が、もう…。
「ソラーッ。それ運んだら、そこの人参皮剥いてネー」
いや、店長のために言わせてもらうと…弟子入りした僕の面子も含めて言うと…
料理の味自体は、すごく美味しい。もっと大きなお店を構えてもいいくらい。
だからこそ、少ないけれど常連もいるし、味に文句をいうお客さんはいない。
…常連に関しては、店長見たさに来る人がほとんどではあるけれど…。
とにかく、味は問題ないのだ。
問題なのは、毛と…店長のやる気。悲しいまでに危機感が無い。
ビラなんて作ったこともないし、日々の売上も碌に見ていない。
赤字続きということは知っているけれど、なんとかなるなる精神。
これでは、お客さんが来るどころか、遠のくばかりである。
どうにかしないといけない。僕が、どうにかしないと…。
「おっ、きたきた。おいしそーっ!」
運ばれてきた料理を見て、常連さんが嬉しそうな声を上げる。
この町では結構有名な、元勇者の奥さんである、ドラゴンのドーラさん。
「たまには馬鹿な旦那を放っといてのディナーもいいね。いただきますっ」
ぱんっ、と手を合わせて一礼。行儀良い。
ディナーというほど豪華な料理ではないとは思うけれど。
食べ始めるドーラさんの、向かいにある席を引いて、腰を下ろす僕。
ドーラさん含め、常連さんはみんなおしゃべりが大好き。大半が愚痴。
話し相手が僕しかいないためか、いつも常連さん達から呼び止められるので、
今ではこうして自分から着席して、話を聞く状態で待つことにしている。
もちろん、店長には許可を貰い済。曰く「暇だし、いいヨ」。
「でさ、ソラちゃん聞いて。うちのがさ、またワッフルさんの店で迷惑掛けてさ…」
やんなるね、ホント…と続くのが、いつものパターン。
今回は何をやってしまったのだろう。この前は粗相をしたらしいけれど…。
「まったくねぇ…ソラちゃんみたいな真面目な男と結婚したかったよ」
鬱憤を吐き出しながらも、次々と口に運ばれていくチャンジャオロース。
時折、思い出したように、満足気に頷くドーラさん。おいしい、と呟きながら。
僕がお客さんとおしゃべりをする中での、一番の楽しみ。
店長の料理を、心から美味しそうに食べてくれるお客さん。
毛が入っていなかったら、もっと喜んでくれるのかな…なんて考えながら。
こういうところは、根っからの料理人気質なのかなって、自分で思ったりする。
いつか自分も、店長の様に美味しい料理を作って、食べた人の笑顔が見たい。
そんなことを考えていると…ふと、顔を近付けるドーラさん。
「そういえば、さ。ソラちゃん」
ちら…と、厨房の方…ネギを切っている店長を見て…視線を僕へと戻す。
「ヨーコとさ…なんにもないの?」
……………。
いや…うん、別段、驚かない。
この手の質問は、茶化しも含めて、男性客の常連さんには毎度訊かれる。
はっきり言って、ない。なんにもない。
僕は、そういう下心を持って店長に弟子入りしたワケじゃあないし、
店長だって、僕に対してその手のアプローチをしてきたことはない。
確かに、店長は魔物だし、美人な女性。まったく意識してないワケじゃない。
でも、それはそれ、これはこれ。ただの、店長とバイト、師匠と弟子の関係。
その関係を差し引いたって、僕自身が、店長と釣り合わない。
身長もそうだし、年齢もそう。料理の腕は言うまでもない。色々と不足気味。
むしろ、身長と年齢だけでも駄目そうなのは、誰が見ても明らかなのに。
なんでみんな、こう同じ質問をするんだろう。分かっていて言っているんだろうか。
ドーラさんだって、僕がそう見えるからこそ、「ソラちゃん」って呼ぶんだろうし。
「ないの? ホントに? へぇ〜…意外」
キョトンとした表情で、口
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6 7]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想