白昼睡魔

僕は、しがない羊飼い。

おじさんが他界して早3年、彼が僕に残してくれたものは、
山のてっぺんに建った小さな家と、32匹の可愛い羊達。
ここで毎日、僕は霞み掛かった周りの山々を見渡しながら、
青々とした高原でのんびりと過ごす彼女達と暮らしている。

もちろん、両親だっている。
山を下ったところにある町に住んでいる。二人とも元気で、仲良しだ。
おじさんが亡くなった時、両親は一緒に暮らそうと言ってくれたけれど、
それを僕が断ったから、こうして山の上に一人でいるだけなのだ。

…僕は7歳の時、ここで暮らすことになった。
別に、家計が苦しかったから…とかじゃなくて、こういう暮らしもある…っていう、
僕の見聞を広めるために、お父さんが提案したこと…らしい。詳しくは知らない。
ただ、きっかけとしては、おじさんが僕のことを気に入ってくれていたことが始まり。
僕がおじさんのところへ遊びに行った時、自然と羊達が僕に群がるのを見て、
その手の才能があると感じたから…と話していたと、お父さんは言っていた。
こうして僕は、その時から羊達に囲まれて暮らす日々を送っている。

最初は、当然戸惑った。
家を飛び出せば、隣の犬の吠える声や、パンの焼ける匂い、
友達の手を振る姿があった町の暮らしと比べ、ここは草と風と羊だけ。
食事も質素で、夜には本を読んでくれた優しいお母さんもいない。
寂しい気持ちと、帰りたいという気持ちが、いつも胸の中にあった。

でも、それも最初だけ。
楽しいと感じ始めたのは、羊達の名前を覚えた頃。
同じ姿に見えていた羊達が、ちゃんと見分けがつくようになって…。
見よう見まねでやる毛刈りが、うまくできるようになって…。
草と風のベッドの心地良さが、一緒に味わえるようになって…。

…だから僕は、両親の思いやりに、お礼だけを返した。
僕がいなくなれば、彼女達を世話する人がいなくなってしまう。
彼女達も、両親と同じくらい…大切な、大切な家族なんだ。

お母さんにはお父さんがいる。お父さんにはお母さんがいる。
そして、僕には羊達が、羊達には僕がいる。

これなら、誰も悲しくない。

「メェ〜」

鳴き声。この高い声は…メリィだ。
どことなく不安そうな声。どうしたんだろうと思い、空を見ていた顔を下ろすと、
メリィの一声に続いて…他の羊達も、同じ様に…不安げに鳴き始めた。

様子がおかしい。
最初に鳴いたメリィに駆け寄り、調べるも…特に身体に異常は無さそう。
辺りを見回しても、地平線の先まで影は無く、害獣がいるワケでもない。
でも、いくら撫でても、身体は小刻みに震えているし、目はうつろ。
メリィだけじゃない。他の皆も同じ。まるで流行り病に掛かったかのよう。

慌てて、僕は家にあるおじさんのメモ帳を見に行こうと、走った。
おじさんが一生を掛けた、羊と過ごす日々を書き記したメモ帳。
あれを見れば、もしかしたらこの異常の手掛かりがあるかもしれない。
いや、あってほしい。あってください。その一念で、全速で駆けた。

…そのせいで、僕は足元が見えておらず…。
草の影に隠れたでっぱりに躓き…。倒れる先にある苔生した岩へ…。

強く頭をぶつけ……そのまま、気絶してしまった…。

……………

………



「ソラ〜」

………ぅ……。

「ソ〜ラ〜」

……メ……リィ………?

「あ…。起きた〜♪」

……………。

…え? 誰…?

「ソラ〜、たんこぶ、大丈夫〜?」

僕に覆い被さり、頭を撫でる…女性。
それも、普通じゃない、かなり異様な姿の…。

頭に角、お尻に尻尾が生えていて…耳もそうだけれど、形が羊のそれ。
毛皮の服?も、羊の毛のような白くモコモコとしたもので、
厚手なのに…何故か肩やお腹、太腿は、それで隠されていない。
正直に言えば…ドキッ…としてしまうような、刺激的な格好で…。

でも…どこかで、見たことがあるような……。

「いたいの〜、いたいの〜、飛んでけ〜っ♪」

それに、この声…。人間の言葉ではあるけれど、どう聞いても…メリィの声…。
首に掛けられたベルにも、よく見れば…メリィと彫られた字が読み取れる。
それだけじゃない。触れて分かる、この毛並みも…メリィのものだ。
僕と一緒にお昼寝する時に、擦り付けてくれる、柔らかな…メリィの毛だ。

どうして…。どういうこと…?

「どう〜? もう痛くない〜?」

先程からずっと…にこにこと笑顔を浮かべながら、僕を撫でる彼女。

……尋ねようとして……一瞬、言葉が詰まる。

「えへへ〜♪」

…きっと……この人は、メリィだ。
どうして人間の姿なのかは分からないけれど、きっと、メリィだ。

でも…それを確認するのが、恐い。
僕の目の前にいる女性が、紛れもなくメリィだということ。
メリィが、可愛い羊の姿から
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