第四十九記 -ミーファ-

…一呼吸置いて、ノック。

「はい」

返ってくる、澄んだ声。
それを聞いてから…ゆっくりと扉を開く。

部屋の中には…机で何か書きものをしていたらしい、おねえちゃんの姿。
日記をつけていたのかな? ちょっとタイミングが悪かったかもしれない。

「ソラちゃん。どうしたの?」

…部屋に入り、扉を閉めて……2、3歩、歩み寄る。

「………」

その様子を見て…立ち上がり……ベッドに腰を下ろす、おねえちゃん。
お風呂から出たばかりなのか、髪がしっとりとして、艶々しい。

…どことなく、色っぽい。

「…おいで」

……誘われるままに…その隣へ、腰を下ろす。

視線を低く、おねえちゃんが私を見つめる。
いつもの…優しい、やさしい瞳。私だけに向けられる瞳。

「………」

……何も言わないまま…指で、私の横髪を耳に掛ける。
ここから、少し顎下をくすぐった後、髪を撫でてくれるのが、おねえちゃん流。

私は、その心地良さに溺れるように…されるがまま、身体を委ねる…。

「…白い髪も、思ったより似合うね」

おねえちゃんの柔らかな指が、長くなってきた髪を梳いて…。

「………」

「……ソラちゃん」

「決まった?」

ポケットの中の…ぷーさんから貰った指輪が、身体の動きに合わせ、わずかに揺れ動く。
でも、撫でる手は、そのリズムを変えぬまま…。

「………」

…さっき、外に出た時……空には、満天の星が輝いていた。
それに、満月。夜で、森の中なのに、この家だけは月明かりに照らされて…。
きっと、ここの窓からも、そんなきれいな夜の空が見えるはず。

でも…今は、それさえも意識の外。

「…待って」

言い掛けようとしたところで、その言葉を止め……撫でていた手で私を抱き寄せる、おねえちゃん。

……小さく…心音が聞こえる…。

「…その前に、私から…だね」

ふんわりとあたたかい、おねえちゃんの胸の中…。

「………」

「…私も、さ」

「やっぱり、女だから…」

…耳の上…額の横を撫でてくれる、指先……。

「男の人を好きになって…恋愛するのが、普通だと思ってる」

「奥さんになって…子供を産んで。犬を飼ったりして…」

……少しずつ……声が小さくなっていく、おねえちゃん…。
それを補うかのように…私の頭にほほをくっつけて、囁くように…。

「…でも」

「そこで、恋愛ってなんだろう…って考えた」

「…おねえちゃんさ、実は今まで…男の人と付き合ったこと、ないんだ」

照れ隠しの様な、笑い声。

「……恋愛するってことは…」

「手を繋いだり、キスをしたり、セックスをしたり…」

「色んな手段で、お互いの愛を確かめることが、そのひとつ」

「…一緒にいるだけ…でも、そうなのかな」

「これだけは、私にも分かる…恋愛するって形」

「他にも…それこそ、恋愛している中でしか分からない形もあるんだろうけれど…」

「今の私には分からないから、その尺度でしか、考えることができない」

…目を閉じ……自分の中の何かを確認するように……おねえちゃんは、言葉を紡ぐ。

「私は…」

「手を繋ぐのは、小さい頃からだけれど…」

「……キスも………セックスも……」

「…きっと、嬉しく感じると思う。ソラちゃんに、そうされるの」

…強く、大きくなる鼓動…。
どちらのものかも、分からない。

「…でも、逆は……私からは、抵抗があるかな…」

「していいのかな、って…。仮に、ソラちゃんがいいって言っても」

「…一度しちゃえば、考え方が変わるのかもしれないけれど…」

……もう片方の手も…私の頭に絡めて、ほんの少し、強く抱きしめる…おねえちゃん。

「………」

「…ソラちゃんが……さ」

「私のこと、ずっと…一生愛してくれる、って言ってくれたら……」

「……私、応えるよ」

……………。

…少しだけ身体を離して…互いの視線が、交差する。

「………」

「…実は、私…ソラちゃんに秘密にしていることがあるの」

「村の温泉での事…。ソラちゃん、覚えてる?」

「……あの日の夜、さ……」

「私、ソラちゃんでオナニーした」

「初めてだった。同性のことを考えて、オナニーしたのなんて」

「……どう思う? ソラちゃん」

目を細めて…おねえちゃんが、私に問い掛ける。
当然、答えられる訳もなく…ただ、しどろもどろ。

「…夢の中のソラちゃんも、とても可愛かった」

「とても恥ずかしそうな顔をして、ベッドの上に寝ているソラちゃんを…」

「一枚ずつ脱がしていって……安心させる言葉を掛けて……」

「…私だって、何も知らないくせに…ずっとリードして…」

「……最後は…お互い身体を擦り付けて……」

「…気付いたら、シーツ、びしゃびしゃだった。あははっ」

笑いながら
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