第二記 -ホルスタウロス-

…目が覚めたのは、日が沈みかけた頃だった。

頭がくらくらする。寝不足の時と似ている…、若干、気持ち悪い。
ぼぅ…としたまま、無作為な視線。窓…テーブル…床…自分の身体。

あぁ、と思った。よくわからない感情が、鈍い頭を刺激する。それでも覚めない。
ひどく客観的に、それを見、手を伸ばし、触れ、思う。
乾いたそれはパリパリと砕けて、欠片しか摘むことができない。
身体の上に落ちないよう捨て、その手で下腹部をゆっくり押さえる。
あたたかい。いつもの私のおなか。いつも通りなことに、違和感を感じる。

…一番気にしていたことが、混乱していた内に終わってしまった。
村にいる頃は、きっと、一生できないんじゃないか、って考えがあった。
それでも、夢の中ではそうじゃなかった。はすむかいのお姉さん。
いじめられていた私に、いつも優しくしてくれた人。憧れだった。
自分を慰めるときも、お姉さんは、やさしく、あたたかい人で。
丁寧に教えてくれて…でも、たまに大胆なこともしてくれて。
だから…だから、そうなりたいって、考えもちゃんとあった。
魔物とでも、そうなれたらいい…っていう淡い気持ちがあった。

でも、今あるのは悪い気持ちじゃないのも確かで。
あのサキュバスは強引で、無理やりで、…でも、やさしくて、あたたかかった。
もしかしたら、そんな風に思わせるのも魔物の力かもしれないけれど。
………うれしかった。

……………

………



お風呂に入って、ご飯を食べたら、調子もだいぶ元通りになってきた。
ポジティヴ、前向き、楽観的が私の良いところ。自画自賛して良いところ。

我が家は部屋がいっぱいある。
特に地下がスゴイ。地下室に、そのまた地下室があって、もひとつおまけにあって。
各階に5部屋。全部寝室。いくつか、藁のベッドや卒塔婆が置いてある変な部屋があった。
たぶん魔物を飼っていたのかもしれない。でも15部屋は多すぎると思う。
そのうち最下層は物置とかにしてしまおうと考える。
地上は1階、客間とキッチンが同じ部屋、玄関を背に、左手これまた寝室が3部屋。
右手はトイレとお風呂。物置もあるけれど、ここだけ壁の傷みがひどいので、
使えそうなもの…斧とか、麺棒とかを取り出して寄せておいてある。
ただ、私は麺を打てないから、きっとつっかえ棒的な活躍になると思う。

私の部屋は、地上の寝室、出入り口から一番奥。
寝室は地下も含めて、ほぼ間取りも家具も変わらない。変な部屋を除いて。
でも地上には窓があるし、私は隅っこが好き。太陽も月も良く見える奥の部屋を選んだ。

ぼふっ、とベッドに倒れ込む。
身体をもぞもぞと動かして、電灯の影にならず、寝やすい、丁度良い具合を探す。
その間にも図鑑をパラパラとめくり、お目当てのページも探した。

…サキュバス。
現魔王時代となる以前から、人間と交わり、魔力を奪ってきた魔物。
他の魔物と違って、古くからの種としてか、誘惑方法等は単純。でも強力。
見た目も人間にとても似ていて、ちょっとした変装だけで簡単に誤魔化せる。
そして、人間を…男性ならインキュバス、女性ならレッサーサキュバスと、
魔物に変えてしまう力も持つ、魔物の中の魔物といった感じ。
………性交相手のアレで名前を記す、的なことはどこにも書いてなかった。

指を挟んで本を閉じ、しばし宙を見る。
自分も魔物にならなかったワケは、ほんの少しだけわかる。
教団の魔術師曰く「私の考えに間違えがなければ、キミは魔物にならない」と言っていた。
その…内容は全く知らない考えが、間違えていなかったんだろう。それだけ。
でも、『魔物になってしまうんじゃないか』という不安は幾分か薄れた。よかった。

本を開き直し、またお目当てのページを探す。
魔物の研究というのは、少なくとも、今日のようなことじゃない。
変な発見はあったけれど、ああいうことじゃなくて、もっと具体的な。
例えば、ナイトメアの生息地はどこなのか…とか。
ネレイスが住む海底はどのような環境なのか…とか。
簡単に言えば、この図鑑に載るような『魔物の生態』を知りたいのだ。

それはとても大変なことで、魔物とお近付きにならなければいけないのが大前提。
そして、魔物の誘惑に負けない強い精神力と魔力が、逆に負かす技量が、堕ちない条件。
私は…運が良いのか、この堕ちない条件は無条件でパスされている。
でも、それは堕ちないだけであって、単に犯されてるだけで、研究になっていない。
強い精神力と魔力、技量はどうしても必要になってくる。

本をめくる指が止まる。
それらを鍛えるにはどうすればいいか? 一番効率の良い方法。
…魔物との性交、だと思う。ただ、サキュバスみたいな強い魔物はダメ。
技量も磨かなきゃいけないから、ある程度従順な魔物じゃなきゃいけない
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