…ここは、断崖絶壁にそびえる自然の牙城。
チョメランマ山の頂上付近。
20メートルにも及ぶ崖…その中にある洞窟が、わたくしの住処。
今居るお部屋は、最も外がよく見える、大きな窓の付いたお部屋。
この窓から、あるものを見つけて…それ以降、こうして一日中、窓際で頬杖。
見つけた日から、そろそろ10日。その間、それを見かけたのは3日だけ。
でも、その3日間は、とても貴重な3日間。わたくしの最高の楽しみ。
それを求めて、今日もこうして、窓際で頬杖。
「メドゥーサさん。最近外ばっかり見てどうしたんですか?」
…振り向く。
スコップを持った、アリさんが一匹。
額の汗を腰のタオルで拭いながら、何が楽しいのか、いつも笑顔。
「…なんでもありませんわ」
「そうですか? 溜め息吐いてましたけど」
「貴女は早く、壁の補修と、石にした人間の処理をなさい」
アリ使いが荒いなぁ、と愚痴を一言。
でも、厭味ったらしくなく言うのが憎いですわ。
…群れからはぐれたあの子を、下僕にしてもう5年。
こき使いに使って、住処の大きさはあの頃の50倍。
食事は石にした牡を適当に。たまに無い日も。3ヶ月無かったことも。
それでも、文句は稀々、嫌な顔一つせず、せっせと働く。
まったく、下僕の鏡ですこと。
「ところで、メドゥーサさん」
…おしゃべりなところが、傷な下僕。
「崖下のオーガさん、旦那さんが見つかったって喜んでましたよ」
「そう」
こうやって、どうでもいいこともいちいち報告してくるところが解せませんわ。
逃がしてあげた人間からの言葉とか、今日会った魔物とのお話とか、いちいち。
そんなもの、お腹の足しにも、心の足しにもなりはしませんのに。
「お祝いに、何か持っていきましょうか?」
「勝手になさい」
…相変わらず、朝から変わり映えのない風景。
遠くでざわめく葦の海。眼下にはお花の湖。たまに飛び交う鳥さんと蝶々。
とうの昔に飽き飽きしてしまったはずのものが、今また、
こうしてわたくしの心に期待と羨望…そして夢を甦らせてくれる。
あの子をまだ、あなたの葦風の踊りで誘えませんの?
あの子をまだ、あなたのお花の匂いで招けませんの?
あの子をまだ、あなたの鳥さんの歌で迎えませんの?
あの子を…。
「あっ…」
…あの子。
お花の湖に入ってくる、あの子の姿。
手にはかご。今日もお花を摘みに来たのですね。
お待ちしていましたわ。100年とも思える2日の間を。
こちらを向いてはくれないのかしら。このお城は目立たない?
わたくしに気付いてほしい。ここから見つめるわたくしの姿に。
そして、互いに手を振り合うの。声が届かない距離だから。
今望むのは、そんな些細な…。
「あ。あの人ですよ、オーガさんの夫」
…今、何とおっしゃって?
「オーガさん、もっとムキムキの人が好きだと思ってたんですけどね」
「…嘘でしょう?」
「いえ。腹筋割れてる人とか、力瘤が頭サイズの人がいいって言ってました」
「……そちらでなくて、夫かどうか、という方です」
会話も碌にできない下僕。お人形さん以下。
「それは本当ですよ」
「…あの人間、牡ですの?」
「さあ?」
なんて無知で、役に立たない下僕。底抜けのバケツ以下。
「でも、女の子ですよねぇ…。どう見ても」
「人間の牝は初めて拝見しました」
「あの子はたぶん子供ですよ。可愛いですよね」
牝の子供を夫に迎えるなんて、オーガという種族は脳みそまで筋肉なのかしら。
汗臭いですし、粗暴ですし、下品ですし、本当に訳のわからない種族。
「何をしているんでしょう?」
「お花を摘んでいるのですわ」
「そういえば、最近オーガさん、花の首飾りとか、頭飾りとか付けてますね」
…あのオーガが? 花を? 着飾る?
………とても想像できませんわ…。
「…もしかして、メドゥーサさん、あの子を見ていたんですか?」
「っ!? ち、違いますわ! どうしてわたくしが、人間の牝なんか!」
「メドゥーサさん、可愛いの好きじゃないですか。人形とか」
「あ、あれは部屋を栄えさせるために飾っているにすぎませんわ!」
「またまた〜」
なんて下僕かしら。主をからかうなんて!
下僕とはもっと、従順であり、謙虚であることを知らないの?
このアリさんには、後で鞭撻が必要ですわ。
「恥ずかしいのなら、私が会いに行って、ここに招いてみましょうか?」
「!」
「ぱっと見、人懐っこそうな子ですし、きっとOKしてくれますよ」
「………」
「………」
「…こほん。いいこと? よく聞きなさい」
「はい」
「知人の新郎に、挨拶と祝福の言葉を送るのは当然の務めですわ」
「そうですね」
「そのために、今回わたくしのお城へ招待するだけ
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