第二十二記 -オーク-

「…なんだい。確かに牡の匂いだったってのに…」

猫を持つ時のように、私の首根っこを掴み上げる…魔物。

雄々しい二本の角に、とても服とは呼べない身衣。
ざっくばらんに伸び放題の、ハリネズミのような髪の毛。
ユニさんに並ぶくらいの巨体と、それに合わせた身体付き。
左半身には、顔、胸、肩から腕に掛けて描かれた刻印。

前魔王時代、人食い鬼とまで呼ばれた悪鬼…オーガ。

「なぁ、お前、兄貴とか親父が一緒に来てんじゃないのか? ん?」

目の前にぶら下げられながら、問われる。

…正直、すぐにでも逃げ出したい。
でも、この状態じゃ逃げられるわけもなく…。
何とか説得して穏便に済ませようと、頭をフル回転。

「…やっぱり、近くから牡の匂いがすんな…。どこだ?」

辺りをきょろきょろと見回し……また、こちらを睨み付ける。

「ほら、どこにいんのか言ってみな。お前には何もしないからさ」

ゆさゆさと揺らされながらの尋問。あんまり苦しくはない。

…そもそも、なぜこうなったのかというと。
事の始まりは、パン屋さんにて、会計待ちのときにたまたまおしゃべりした、
チョビヒゲが自慢だと語る冒険者のおじさんから聞いた話にある。
それは、このチョメランマ山にある洞窟で、ある魔物を目撃したという話…。
蛇の足を持ち、髪は蛇そのもの、黄金色の魔眼を持つ、世にも珍しい魔物。

そう…、メドゥーサ。
個体数が少なく、強力な能力、意地っ張りな性格が相まって、
その研究がほとんど進んでいない未知の魔物のひとり。
ラミアの上位種にあたり、その希少性は非常に高い。

で…このチャンスを逃すまいと、返って即準備、翌朝には出発という、
顧みない猪突猛進をした結果………今の絶望的な状況に至る、まる。

「ほれ。ほれ。ほーれっ」

ぐるんぐるん回される。苦しくはないけれど……酔いそう…。
それは嫌なので、正直に質問に答える。

「…なんだ、一人なのか。じゃ、この匂いはお前に関係ないってことか…」

鼻を鳴らしながら、『牡の匂い』を探すオーガ。
意外と気付かれないんだなぁ…という思いと、どうか気付きませんように…という祈り。

「おい、お前」

呼ばれる。

「牝の子供が、ここに一人で来るな。魔物じゃない狼出るぞ、ここ」

「怖いんだぞー。お前なんか、頭から…バクーッ!だ」

大きな手で、頭をガシーッと鷲掴みされる。
…どことなく、お父さんに似てる。今の、頭ガシーッとか、特に。

「つっても…一人で帰すのもアレだな…。アタシは牡探したいし」

背伸びして、手で日差し避けを作りながら辺りを見回すオーガ。

「んー………。…おっ。よし、お前、あいつと帰れ」

ひょいっと、頭より高い位置まで持ち上げられる。

……枯れ草生い茂る中に…ピンク色の何か。ひょこひょこと動いている。
なんだろう…あれ。人間ではなさそうだけれど…。

「おい、そこのお前ーッ!!」

おしりにびりびりくるほどの、叫び声。

「こいつを家まで帰してやれよ! 分かったなーっ!?」

振り向く何か。

…と、

「せぇ〜………のっ」

振りかぶられ、

「おらぁっ!!!」

投げられた。

「ちょっ…いやぁぁぁぁーーーんっ!!!?」

ドカーンッ。

……………

………



「まったく〜…! なんであたしがこんな事しなくちゃいけないんですかぁっ!」

ぷりぷりと怒りながら…私の手を引いて歩く、オーク。
ピンク色の何かは、このオークだったのだ。

「これが男だったら、まだよかったのにぃ…! このばか! ばーかっ!」

…猛烈に非難を浴びせられてしまった。
結構こたえて……自然に、肩が落ちる…。

「頭にこーんなおっきなたんこぶ作らせてくれちゃって! あほちん!」

「しかもあたしの行きたい方と逆方向じゃないですか! ちびすけ!」

「う〜…それにこの葦の群れ! 邪魔ッ! あなたみたいに邪魔です!」

「ばーか! ばか! ば〜〜〜かっ!!」

………どうしよう…。…泣きそう…。

「ああもう、置いていきたい! あのオーガもばか! ばかばっか!」

「あたしの方が強ければ、また投げ返してやるのにっ!」

「ちょーっとだけ強いから、仕方なく従ってあげましたけど!」

「あなたも分かってますか!? あれは別に媚びてたワケじゃなくて…!」

……………。

「…ちょっと。何泣いてるんですか。やめてください」

……………。

「これ以上、面倒事を増やさないでください! このばか!」

……………。

「……このっ…」

……………。

「………あ〜〜〜〜〜〜もうっっ!!!」

石鎚を虚空で、ぶんっ!と一振りして………私の手を引き寄せ、身体に密着させるオーク。

「家の方角、こっちでいいんですよね!? 急がないと、狼来ます
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