第十六記 -狐火-

「おっ、そこの旦那ァ! どうです、早くっからの一杯もオツなもんで!」

「新鮮な野菜だよーっ! 今朝採ったばかりだからおいしいよーっ!」

「あっ! こンの野良めェ! ウチの魚ばっかり狙いやがってェ!!」

…喧騒が行き交う商店通り。
ゴブリンやウシオニといった魔物に出会いながらも着いたここは、
ジパングの都のひとつ、キョート…それに属する、フシミの町。
魔物との共存が成されているジパングにおいて、特にそれが色濃い町でもある。

どれくらい色濃いかというと…道行きすれ違う人、
その20人に1人くらいが魔物…、妖狐の亜種、稲荷。
みんな仲睦まじそうに、旦那さんや子供と手を結んでいる。

何故こんなに稲荷が溢れているのか。
それは、この町が稲荷を讃える『稲荷信仰』の総本山、
伏見稲荷神社という…大きな教会を有していることが原因。
そこには『白面金毛九尾之狐』…という舌を噛みそうな名前の、
尾が九本生え神格化した稲荷が住んでいるらしい。別名『玉藻前』。
絶世の美女かつ膨大な魔力によって町を守ってきたことから、
それにあやかろうと、町の女性は進んで稲荷になることを望む。
その結果、このように稲荷が溢れる町並みに変化していったのだ。

「ねぇ、お前さん、あれを見て。とっても洒落たお馬さんだわ」

「あぁ。ありゃ異国の妖怪だべ。いやぁ、でかいが端整な顔立ちだァ」

…とはいえ、魔物だらけの中でも、やっぱりユニさんは目立つ。
すれ違う人、みんな私達の方へ振り返る。そして一言、二言。
ユニさんはそれがとても気になるようで、顔を伏せながら歩いている。

「はぁー…。異国には馬の妖怪もいるだか〜」

「ばっかおめぇ、ウチには竜の妖怪もいっぺよ」

「…ちょっとお前さん、あの子のどこを見てたんだい」

「いでぇっ! ち、ちげぇ! 乳っこさなんだ見てねぇっ!!」

「かーちゃん、あのお馬さん、きれいな服着てる〜」

「外の洋服もヒラヒラしていて綺麗だねぇ。今度お前にも着せてみようか」

…なんだろう。恥ずかしいけれど、何故か誇らしい気分になる。

「おおっと! そこの可愛いお嬢さんと、綺麗なお姉さん!」

と、いきなり横に現れる、眼鏡に出っ歯の商人さん。

「もしや、今夜お泊りの宿をお探しで? いいとこ案内できますよォ〜」

もみてもみてのその手付き。ポコさんに負けぬもみっぷり。

「この通りを抜けて左に行ったところ、すぐにね、いい宿があるんですよォ」

…ユニさんに目で尋ねる。
余程この場から離れたいのか、すごい勢いで首振りお返事。

「ではっ、案内させて頂きます。ささ、こちらに」

視線と言葉が集まる商店通りを、ユニさんは早足で歩き出した。

……………

………



荷物を置いて、ふぅ…と一息。
それよりも深い溜め息を、ユニさん、はぁ〜…と一息。

「まさか、あんなに注目されてしまうなんて…」

またひとつ、はぁ〜…と溜め息。
この旅を始める前から予想はできていたことだけれど、
やっぱり、実際晒されてみると恥ずかしい気持ちになる。

「ハク様のところに着くまでの辛抱なのでしょうが…」

三度、はぁ〜…と溜め息。

…私達は今、ジパングの都のひとつ、トチギにあるニッコーという町を目指している。
そこのチューゼンジ湖に住む、白蛇のハクさんの住処がゴール地点。
ハクさんは、ユニさんのお母さん…ニコさんとのお友達。
ニコさんが作ってくれた『お赤飯』という料理も、ハクさんから教わったとのこと。

それにあたって、今回の旅の目的は、いっぱいある。

まず第一に、ニコさんから頼まれたおつかいをこなすこと。
おつかいの内容は、ニコさんの新作レシピメモを届ける、というもの。
中身は見ていないけれど、とてもとても美味しい料理らしい。

第二に、魔物の研究をすること。これは言わずもがな。

第三に、ユニさんの花嫁修業をかねて…と、ニコさん談。
…私としては、修業しなくても、ユニさんは充分立派なお嫁さんになれると思う。

第四に、ここの神社で安産祈願、家内繁栄のお守りを貰うこと。
ニコさんが、ここのお守りは信頼度が高く、オススメだって言ってた。
…安産祈願については、祈る前に、乗り越えなきゃいけない壁があるけれど…。

第五に…これはユニさんには秘密なんだけれど…以前海で流された時、
偶然着いたジパングで出会い、助けてくれた…クノさんに会うこと。
ほとんど運任せで、会えたらいいな…くらいの考え。
…もし会えたら、あの時言えなかったお礼を伝えたい。

これらの目的を、1ヶ月の目標で組んでいる。
そう、今回は長旅なのだ。

「ソラ様。この後の予定はどうなさいますか?」

問われて、部屋に掛けられていた振り子時計に目をやる。

…16時50分。神社に行くには、少し遅い時
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