信優勇愛

ほんの少しの親切心と、抑えきれないほどの好奇心。
それらの感情に突き動かされ、僕は、彼女へと手を差し伸べた。

風の囁きが耳をくすぐる、静かな夜。
それを裂くように、一つの鳴き声が、小さな馬小屋にこだました。

慌てて人差し指を立て、静かにするよう示す僕。
彼女はそれを見て、続けて声を上げることはなかったものの、
注意されている自覚がないらしく、小首を傾げ、僕に笑顔を向けていた。

彼女は無邪気だ。まるで犬のように。
しかし、もし本当に犬だったのであれば、
僕はこうして、彼女を匿っていなかったかもしれない。
この空き小屋の片隅で、飢えと寒さに震え、身を丸めていた彼女。
それが、人ならざるもの…魔物であることに気が付いたからこそ、
僕は、彼女に食べ物と毛布を与え、世話をしてあげることに決めたのだ。

尻尾を振り、僕が抱えた手籠の中身を見つめる彼女。
僕はその中から、一片のパンを取り出し、彼女の眼前へと差し出した。
御馳走を前に、彼女は瞳を輝かせ、目の前に出されたそれを凝視する。
パンを持った手を右に振れば、それを追って、彼女の顔も右へと動き。
更に近くへと差し出せば、彼女は首を伸ばし、フンフンと鼻先をヒクつかせる。

与し易い。この姿を見れば、誰もがそう思うだろう。
僕がそれに気付くのも、さほど時間は掛からなかった。

魔物といえば、言わずもがな、人間にとっての天敵だ。
頭から齧り付き、肉を裂き、骨までバリバリ食べるという、恐ろしい存在。
毎年、戦地から帰らぬ兵士が大勢出ることを考えれば、
いかに魔物という存在が畏怖すべき相手か、僕のような子供にだって分かる。

しかし、逆に言えば。
そんな魔物を従えることができれば、それは無敵の力を得たに等しい。
僕の狙いは、まさにそれだった。僕は、彼女を従え、力を手に入れたかった。
誰にも負けない力が…誰からも馬鹿にされない力が欲しかったのだ。

その目的を果たすのに、彼女の存在はうってつけだった。
たかがパンの一切れ、彼女がその気になれば、僕から奪うことは容易いだろう。
しかし、ご覧の通り、魔物は律儀にも、僕からの許しを素直に待っている。
圧倒的な力を持っているにも拘らず、従順に徹す彼女の姿に、僕は少なからず優越感を覚えた。
このまま、彼女を意のままに操ることができれば、誰も僕に逆らうことはなくなるだろう。

ほくそ笑みつつ、僕は彼女に、よし、と命じた。
許可を出すや否や、一心不乱にパンを食べ始める魔物。
最初こそ、彼女の世話はおっかなびっくりだったが、今ではすっかり慣れたもの。
こうして彼女の頭を撫でる余裕すらある。彼女も彼女で、尻尾をちぎれんばかりに振っている。

僕と彼女は、人間と魔物…異なる種族であるものの、強い信頼関係を築くことが出来ていた。
人間同士でも、いじめや差別があり、信じられる人なんて、ほんの一握りだというのに。
対し、僕達は、出会ってまだ一ヶ月ほどしか経っていないのに、こんなにも分かり合えている。
僕が餌をくれる存在だと分かっているからこそ、彼女は僕を信じており、
彼女の魔物としての力が利用できるからこそ、僕は彼女を信じている。
持ちつ持たれつ、というやつだ。互いに利なくして、信頼など築けるはずがない。

しばらくして、食事を終えた彼女は、控えめに一鳴き。
静かにするように…という意図は、ちゃんと伝わっていたらしい。

満腹となった魔物は、二、三度、口の周りを舐めた後、僕の傍らへと身を寄せた。
甘えん坊なのか、決まって食事の後には、いつもこうして身を擦り寄せてくる。
悪い気はしない。これも僕を信頼しているから、だろう。その無防備な様から察するに。
頬擦りし、匂いを嗅ぎ、舌で軽く舐めた後、最後にはゴロンと仰向けになる。
それに対し、僕はその開け広げられたお腹を撫で、彼女の御機嫌を取ってやる。
こうしてやると、彼女は目を細め、か細い鳴き声を上げて、その喜びを示すのだ。

ただ、この行為、正直言って、ちょっぴり気恥ずかしさもある。
彼女は魔物であるものの、なんというか…女の子のような部分もあるのだ。
見た目も、振る舞いも。顔は人間のそれと変わらないし、肢体の構造も似通っている。
鼻を近付ければ、女の子独特の良い匂いがするし、
毛に覆われていない部分は、すべすべしていて柔らかい。
そして、彼女は僕がそうしていることに気付くと、かあっと頬を赤らめたりもする。
その反応が、人間と同じ『照れ』なのか、魔物特有の何かなのかは分からない。
でも、それらは、僕をドキドキさせるには充分すぎるほど愛らしいものだった。

だから、その…彼女のせいとは言わないが。
最近、疚しい感情が、僕の中で渦巻いてきている。
キスをしてみたい、とか、おっぱいを触ってみたい、とか。
男ならば、誰もが異性に対して
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