咎幸護者

大切な人を、この手で護りたい。
それは私にとって、唯一の願いだったのに。

「駄目…。ソラ、見ないで…っ」

掠れた声。言葉すらまともに発せない。
手も、足も、指さえも動かせない。視界はおぼろげ。意識は虚ろ。
私の身体は、もう、私のものではないのだと。そう示すかのように。
しばらくすれば、この思考さえも、魔物に奪われてしまうのだろう。

あぁ、私はなんて無力なんだ。
優秀な騎士だと持て囃され、その気になっていた。
師をも負かした剣の腕を前に、敵などいないと思っていた。

自惚れだったのだ。全て。
その結果が、これだ。たった一匹のスライムに、いいようにされている。
唯一の肉親の…弟の前で、痴態を晒してしまっている。情けない。恥ずかしい。

「お願い…。こんな…こんなお姉ちゃんを見ないで…」

でも、全部私のせいだ。私が情けを掛けたから。
積み荷に紛れていたこいつを、逃がしてしまった私のせい。
時代に乗り遅れたスライム一匹、危害はないだろうと思ってしまった。
そんなことはなかった。こいつもまた、新たな魔王の力により進化していたのだ。
隙あらば襲い掛かり、甘い誘惑や、淫らな行為によって人を堕す、邪悪な魔物。
愚かにも、それを見抜けなかった私は、こうして敵の手中に落ちてしまった。

「逃げて…、ソラ…。はやく……っ」

これは罰だ。魔物を見逃した私に、主神様が下された罰。
なら、甘んじて受けるべきだろう。そして、処されるべきだろう。
どうせ、この魔物は街から出られない。逃げ切れるはずがないんだ。
私からの定時報告がなければ、遅かれ早かれ、仲間が様子を見に来る。
そうすれば、魔物は私もろとも、騎士達の剣に貫かれ、命を落とすだろう。
私の穢れた御魂も、神父様の祈りによって浄化され、天に昇ることができるかもしれない。

なら、それでいい。騎士になると決めた時から、覚悟はしていた。
これは戦争なのだ。人間と魔物、互いの生き残りを賭けた戦争。
ならば、屈辱的な最後もありうる。それを承知の上で剣を取った。
護りたいもののためならば、捨て駒となるのも怖くなかった。

「や、ぁ…っ
#9829; おっぱい…揉まないで…ぇ…
#9829;」

…でも。それも出来ない状況になってしまった。
目の前に、弟がいる。ソラがいる。私が護りたい、ただひとりの人が。
仲間が来るのを、悠長に待ってなどいられない。事は一刻を争う。

私がこの手で、彼を襲ってしまうかもしれないという現状。
嫌だ。そんなこと、耐えられるはずがない。死んだ方がマシだ。
こうして、震える彼を見ているだけで、息が詰まるほど辛いというのに。
もし、そんな最悪の事態が起こってしまえば、私は、私は…。

「あぁ…
#9829;」

しかし、そのような胸中を知ってか知らずか。
魔物は私を抱えたまま、ずりずりとソラの方へと近付いていった。
恐怖で腰が抜け、立つことすら出来ない、哀れな弟の傍らへと。

やめて…。やめて。やめて!
私は何度も叫んだ。だが、口から漏れるのは、甘い喘ぎ声ばかり。
表情は蕩け落ち、身体は火照り、汗が滲み、愛液が太腿を伝う。
それは、騎士の威厳など微塵も感じられない、痴女の姿そのものだった。
誇りは砕かれ。恥に塗れ。自身の悲痛な叫びが、頭の中で響き渡る。
泣きたくとも、涙も出ない。改めて感じる。私はもう、私ではないのだと。

「…ソ、ラ……」

ソラ。私の可愛い弟。たったひとりの家族。
お父さんも、お母さんも、御国のために、遠い戦地へ行ってしまった。
月々届くお金が、残された私達と両親とを結ぶ、唯一の繋がりだった。
それも三年前、一枚の手紙とともに途絶えてしまった。帰らぬ人となった。

私は両親の意思を継ぎ、騎士となった。生活のため。ソラのため。
騎士として過ごす日々は、とても辛いものだった。自分が女だということを忘れるほどに。
手にはいくつもの血豆ができ、小さい頃から綺麗に整えていた爪は、三日でボロボロになった。
給料も、入りたての頃は、その日暮らしが精一杯…という程度にしか貰えなかった。
友達にお金を借りたこともあった。生まれて初めて、土下座というものをした。
戦地送りを見逃してもらうため、隊長にも頭を下げた。その分、給料を減らされた。
弟にだけは不自由させまいと、三日間、何も食べずに過ごしたこともあった。

一転する生活。両親の死を境に始まった、辛く苦しい日々。
それでも、私は頑張った。周りから認めてもらえるよう、死に物狂いで努力した。
どんどん地位を上げ、いくつもの勲章を貰い、剣の腕は国内で一、二を争うほどになった。
結果、生活は少しずつ豊かになった。両親を失い、泣いてばかりいたソラに、笑顔が戻った。

…嬉しかった。弟の笑顔だけが、私の生き甲斐だった。
七つも歳の離れたソラ
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