蛹抱揺籠

むかしむかし、あるところに。
お昼寝とエッチが大好きな、一匹のモスマンがいました。

ぴゅうぴゅうと冷たい風が吹く、冬の寒空の下。
大きな羽を羽ばたかせ、人気のない山道を彷徨う彼女。
何かを探しているワケではありません。気侭なお散歩です。
もちろん彼女も魔物ですので、人間の男性には大いに興味があります。
ですが、根っからお気楽な彼女は、散歩ついでに見つかれば…程度の考えでした。

当然ながら、そんな調子で人間の男性なぞ見つかるワケもなく。
彼女の散歩は、その日も平穏無事に終わりを迎えようとしていました。

が、しかし。大きな一本杉が生えた曲がり道。
そこへ差し掛かったところで、彼女はあるものを見つけました。
木の根元…その影に、何やら妙な籠が置いてあったのです。

あれはいったい何だろう?
強く興味を引かれた彼女は、その籠へと近付きました。
自分の上半身よりもひとまわりほど小さい、奇妙な籠。
中には何が入っているのでしょう。美味しい食べ物でしょうか。
お宝を前に、彼女は胸を弾ませながら、籠の中を覗き込みました。

朧月の光によって映し出された、小さな籠の中身。
そこにはなんと、柔らかな毛布に包まれた、人間の赤ん坊がいました。

まさかの中身に、彼女は大いに驚きました。
どうして人間の赤ん坊が、一人でこんなところに。

すやすや寝息を立てる赤子を、唖然と見つめる彼女。
と、赤ん坊の傍らに、彼女は一枚の手紙が添えられていることに気付きました。
見ると、そこには震えた字で、「どうかこの子をお願いします」と書かれた一文が。

彼女は慌てて周囲を見渡し、赤ん坊の両親を探しました。
しかし、そこにあるのは、彼女と、赤ん坊が入った籠のみ。
草木も眠る丑三つ時。人間はおろか、虫一匹見当たりません。
杉のてっぺん近くまで飛び上がり、山道を追って見ても、
やはり、赤ん坊の両親と思しき人影はどこにもありませんでした。

再び籠の前まで戻り、彼女は頭を抱えました。
どうしよう。このまま赤ん坊を置いていくワケにはいかない。
きっと、狼に食べられてしまう。冷たい夜風に凍えてしまう。
親がいない寂しさで、空腹のひもじさで、泣いてしまうだろう。

とはいえ、このまま自分が拾ってもよいものか…。

目の前の捨て子を拾うことに、彼女はためらいを感じていました。
人間の赤ん坊。つまり、異種族の子です。大好きな人間といえど。
それを育てるというのは、大変難しいことであるのは間違いありません。
もしかすれば、自身の無知故に死なせてしまうこともありえます。

優しいが故に、赤ん坊の未来を思うが故に、彼女は悩みに悩みました。
このまま赤ん坊を置き去りにし、より良い人に拾われることを願うか。
リスクを承知の上で、赤ん坊を拾い、自分の手で育て上げるか。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。
どれほど考えても、これだと思える答えは出てきません。
人里に届けようかとも考えましたが、この近くにある街は、
教団の信仰が根強く、おまけに近隣国との戦争の真っ只中です。
そんなところに出向こうものなら、まさに飛んで火に入る夏の虫。
彼女にとっても、赤ん坊にとっても、あまりにリスクが高過ぎます。

考えては、振り出しに戻り。振り出しに戻っては、また考え。
何が最善か分からぬまま、彼女が籠の周りを飛び回っていると。
不意に、くしゅん…と、誰かがクシャミをする音が聞こえました。

彼女が音の聞こえた方を見ると、それは籠の中の赤ん坊からでした。
寒さで目が覚めたのでしょう。赤ん坊はぐずり始め、今にも泣き出しそうでした。

それを見た彼女は、慌てて籠から赤ん坊を抱き上げました。
そして、温かな柔毛を纏った腕で、その子の全身を包み込みました。
泣かないで、泣かないで…と声を掛けながら、赤ん坊をあやす魔物。
すると、その想いが通じたのか、赤ん坊は再び安らかな寝息を立て始めました。

この出来事が、ふたりの運命を決定付けました。
意図せずとはいえ、彼女は赤ん坊を籠から拾い上げてしまいました。
一度拾い上げた子を、どうしてまた、寂しい籠の中へと戻せるでしょう。
腕の中で眠る捨て子を見て、彼女は目を細め、意を決しました。

この子は、私が育てる。

四枚の大きな羽を広げ、自身と赤子を包み。
我が子を夜風から守りながら、彼女は自分の巣へと向かいました。
でこぼこな道を、一歩一歩、踏みしめ歩くモスマン。
赤子の両親が、里親へ向けて残した言葉を思い出しながら。

彼女は、捨てられた赤ん坊を可哀想だと思いながらも。
その子を捨てた両親を、憎いとは思っていませんでした。
この子の両親もまた、自分と同じように、幾度も悩んだのでしょう。
そして、赤ん坊のことを思い、泣く泣く捨てたのでしょう。
そうでなければ、あのような目
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6 7]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33