屍躍祭夜

ちょいと、そこの道行く人や。そんなに慌てて何処へ行く。
もし、この先を目指しておるなら、わしの話に耳貸しや。

そうそう、そうじゃ。用心、肝心。
鼻息荒立て突っ込む騎士より、お前さんはよっぽど賢い子。
今なら、ほうれ、わしの隣が空いておる。話を聞くには特等席。
年季の入った切り株さ。座り心地も良かろうよ。

おや? なんだい、どうしたい。
わしの隣は恐いかえ? いやいや、臆病と笑いはせん。
それも当然。ここは地獄の一丁目。死霊の国の入り口さ。

分かるぞよ。この婆は物の怪では…と思うちょるのじゃろう。
かっかっか。なぁに、確かにこうして、布を被っちゃおるがのう。
これは死霊共に見つからぬよう、まじないを施した魔法の布さ。
こいつで全身をすっぽり覆えば、あやつらは婆を見つけられんのよ。
納得してくれたかえ? ならば、ほれ。夜が明ける前に座りゃんせ。

なに? 婆と自称するには、覗く手肌が綺麗すぎる…と?
嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。気持ちが若返るよ。
これはねえ、わしの自慢じゃよ。わしが生涯、ただ一つ成し遂げた秘術さ。
おかげで身体は花の頃のまま。大輪さね。心は既に枯れ落ちたが…。ふっふふ。

さあさあ、無駄話もそろそろよかろう。
それとも、お前さんもこのまま先に行き、屍をひとつ増やすかね?

そうだ、そう。お利口さん。年寄りの言うことは聞くもんだ。
亀の甲より年の功。賢いお前さんに、婆が話をしてあげよう。茶も茶菓子も出せんがね。

さて、何から話そうか。婆は引き出しが多くてのう。
お前さんが、どこまでこの国を御存知かが知りたいねぇ。

…国の名前だけ、とな。かっかっか。
よくそれで、この地に踏み入れようとしたもんじゃ。
いや、無知故に…とも言えるかの。何にせよ、無謀も無謀じゃ。
ここは並の死之国とは違う。屍の王『ワイト』が占める国じゃからのう。

ほう、ワイトのことは知っておったか。あの妬ましき悪霊を。
ならば話は早い。ほれ、あそこの丘の上…朧に浮かぶ城が見えるじゃろう。
あれこそ、お前さんの目指す場所。ワイトが住まう、屍達の王城さ。
じゃが、あそこに辿り着くまでには、七つの困難を乗り越えねばならん。

ひとつ、怠惰香る樹霊の森。
この道を行くと、まず最初に見るのが『影絵の森』じゃ。
月の光さえ届かぬ、まさに闇の世界。希望さえも消え失せる。
しかし、そこには甘い香りを漂わせる、奇妙な果実があっての。
匂いを頼りに辺りを見回せば、ふと、目の前には桃色の果実。
腹の虫に合わせて頬張れば、なんとそれは、人を惑わす樹霊の乳であったと気付く。
気付いた頃には、もう手遅れ。甘美な罠に溺れ、足腰は樹の根と変わっていく。
動けず、動く気も起きず。いつしか自身も、影絵のひとつと成り果てるのじゃ。

ひとつ、傲慢驕る吸血鬼の住む館。
森を進むと、突然、あまりにも場に不釣り合いな豪邸が目の前に現れる。
休む場を求め、扉を叩けば、彷徨人を出迎えるのは、高慢が過ぎる女主人。
とはいえ、情は厚いのか、温かなスープと、柔らかなベッドで持て成してくれる。
じゃが、受け入れたが最後。その者は延々と、主人の自慢話に付き合わされることになる。
呼吸さえも忘れて語る自尊心の塊に対し、どうして迷惑顔をせずにいられるじゃろうか。
適当な相槌、上辺の感想。そんな態度を少しでも見せると、突如、女主人は声を荒げ出す。
そして、目の前の餌に襲い掛かるじゃろう。どちらが上かを思い知らせるために、な。

ひとつ、強欲溺るる化け狸の袋。
館を後にした者の前に、のっそりと近付いてくるひとつの影。
前掛けにソロバン、商売道具を携えたその者は、こう問うてくる。
『たんたんたぬきの売り歩き。御用の品物、如何ほどに?』
欲しいものなどいくつもある。地図、薬草、十字架、食料…。
ひとつ買えば、もうひとつ欲しくなる。あれも欲しい、これも欲しい。
気付けば、借金までして買っている我が身がそこにある。我が身可愛さ故に。
そして、終いに乞い出す。必ず後で返すから、この身を擲ってでも返すから、と。
その言葉が終着点。次の瞬間、哀れな乞食は、狸の金袋に収められることじゃろう。

他にも、色欲漂う妖花の池、暴食貪る餓鬼の洞窟と、恐ろしい罠が待っておる。
ひとつ乗り越えただけでも奇跡と呼べる壁が、七つ。細々とした障害もゴマンとある。

ふぇっふぇっふぇ。恐ろしいじゃろう、恐ろしいじゃろう。
かつて竜を屠ったと豪語しておった剣士さえ、わしの話には恐れ慄いた。
そして、そやつは生きる屍と成り果てた。この国の住人に、のう。

どうじゃ、それでも行くか? 命を賭けて、名声を掴むというのか?

…ほう。立派じゃのう。その瞳、虚勢ではないようじゃ。
ならば、勇敢なお前さんに、わしがひとつ良いことを教えてやろう。

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