一目恋慕

人生には何度か、のっぴきならない状況が訪れるものだけれど。
僕は今、まさに、その何度か訪れる不運のひとつに陥っていた。

そのことを語る前に、まず、事の経緯から説明しようと思う。

僕の名前はソラ。小さな島国で暮らしていた、漁師の一人息子だ。
暮らしていた…というのは、今はもう、故郷の地を離れたから。
では、どこにいるかというと、船だ。船に乗って、海の上を漂っている。

旅に出たのだ。果て無き夢を追って、退屈な田舎を飛び出した僕。
立派になって、いつか帰るという置き手紙だけを残し、家を後にした。
父さんも母さんも、今頃心配しているに違いない。僕は悪い子だ。
でも、もう帰れない。夢を果たすまでは帰らないと、心に決めた。
故郷に帰るそのときは、職と、孫の顔を手土産にすると決めている。
謝るのも、恩を返すのも、その時だ。決意は固い。振り返ることはない。

思い立ったが吉日、僕は小さなカバンを背負い、船に乗り込んだ。
詰まっているのは、大きな夢と、数日分の食料、わずかなお金。
陸地についたら、まずは仕事を探すことから始めなければならないだろう。
計画性など何もない、突っ走りの旅だ。不安を通り越して、むしろワクワクする。
今の僕は、夢と自由に突き動かされた、無敵でお気楽な存在なのだ。

でも、この旅は、決して快適なものとはいえない。
それも当然。僕は潮風を感じることも、白波を見ることもできないからだ。
僕がいるのは、暗く狭い、荷物庫の中。それも、人という人でぎゅうぎゅう詰めな、だ。

そう、僕は…いや、僕達は、無賃乗船者なのだ。
乗船代をタダにしてもらう代わりに、扱いは荷物と同等。
家畜小屋よりもひどい密集状態で、目的地まで運んでもらうのである。

当たり前だが、船長には、文句のひとつも言えるはずがない。
むしろ、タダで乗せてくれてありがとうと、感謝するのが筋だ。
なけなしのお金を使わずに済むというのなら、それに越したことはない。
言われれば、甲板掃除から服の補修まで、尻尾を振ってやらせてもらう。

さておき、僕のここまでの経緯は分かって頂けただろうか。
では、それを踏まえて、今僕が陥っている状況について聞いてほしい。

先にも述べたように、ここは人でごった返した、荷物庫の中だ。
天井の板張りから、わずかに日の光が漏れている程度の、薄闇の世界。
見えるものといえば、近場の人の顔くらいだ。あとは影の形だけ。
加えて、お互い肌と肌が密着して、座る隙間もない。吐息が届く距離。
湿気高く、気温高く。室内には、息詰まる臭いと熱気が篭っていた。

しかし、そんな不自由な環境下にも、暗黙のルールがあった。

それは領域だ。男性と、女性が密集する場所の領域。
この狭い部屋の中において、男女が居る位置は、明確に二分されている。
と言っても、女性の数は非常に少ないので、隅っこの一部分だけなのだが。
それでも、彼女達にとって、そこは安心できる唯一のスペースには違いない。

安心できる…というのは、まあ、つまり、そういうことだ。
もしイヤラシイことをされても、この状況じゃ、どうにもならない。
手を上げることさえ一苦労な中で、誰が助けてくれるというのか。
悲痛に声を張り上げても、皆のフラストレーションを溜めるだけ。
ならば、そんな事態を予め防ぐことこそ、最善の方法といえよう。

…ここまで言えば、幾人かは予想がついたかもしれない。
改めて言うまでもないが、僕はれっきとした男である。オスである。
したがって、僕が身を置くべき領域は、大多数の方…隅っこではない方だ。

だが。だが、しかし。無計画が災いした。
僕は船が出港するまで、このルールを知らなかったのだ。

一瞬のミスが、一時の不幸。
乗船時、人波に押され、僕はあっという間に隅っこに追いやられてしまった。
背もたれできる場所に来れてラッキー、なんて考えていた、あの時の僕を殴りたい。

ふと気付けば、僕の周りは、女の人でいっぱいになっていた。
何が起きたのか、状況と、ルールに気付くまで、僕は軽くパニックになった。
肌という肌に押し当てられる、ムチムチとした異性の艶肉。魅惑のもち肌。
目の前に迫る、豊かな女性のシンボルに、僕は思わず目を丸くしてしまった。

…そして、今。深呼吸し、やっと現状が掴めた、今。
どうすれば僕はこの状況から脱出できるか、困りに困り果てていた。
役得といえば役得ではあるが、このままでは、あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。
今は大事にならなくても、下船時、女性陣に袋叩きにあわないとも言い切れない。
だからこそ、僕はこの女性だけの領域から、一刻も早く脱出する必要があった。

でも、どうやって? どうすれば、ここから逃げられる?
人どころか、ネズミが通る隙間さえない、超過密地帯。
まるで力いっぱ
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