茹慾篭絡

皆さん、『カイマ』という街をご存知ですか?
大陸の北側に位置する、海より程近い、親魔物領の街です。

この街の自慢といえば、商売が非常に盛んなことです。
食料品は元より、衣類、武具、家具、魔法具、宝石、雑貨…。
最近では、エレキテル商品やペット用の珍獣も出回っています。

一昼にして巨万の富が動き、一夜にして財を築ける街『カイマ』。

この街には、夢見る多くの人々が足を運びます。
商売をしてお金を儲けようと考える人が大半ですが、
愛する者といつまでも安泰に暮らせることを願う家族、
果て無き冒険の拠点として身を置く旅人等もいます。
『カイマ』という街は、それら全ての望みを叶える街でもありました。

僕もこの街に住む人間の一人で、名をソラといいます。
姓はトォン。趣味はエンブレム収集、特技は縄跳びです。

僕はお父さんの仕事の都合で、一年前にこの『カイマ』へと引っ越してきました。
それまで僕達家族は、教団管轄の街に住んでいたのですが、税金が厳しく、
とても貧しい生活を送っていました。ご飯は毎日、野菜くずのスープです。

しかし、この街に引っ越してから、生活は激変しました。
まず、『カイマ』には税金がありません。徴税がないのです。
おまけに、引越しの際に、住居や職等の全てを街が補助してくれました。
それどころか、『人間の男』というだけで奨励金まで貰えてしまうのです。

まさに夢のようなお話でしょう。僕自身、今でも信じられません。
ですが、これは何も『カイマ』に限ったお話ではないというから驚きです。
親魔物領では、ほとんどの街がこの制度を採用しているらしいのです。
どういった仕組みかは分かりませんが、さすが魔物と言うべきでしょうか。

しかし、代わりに危険もいっぱいです。
いえ、命に関わることではないのですが…。

「ソラくぅ〜んっ♪」

不意に、考え事をしている僕の元へ。
背中からドーンッと、何かがぶつかってきました。

「ねーねー、この後ヒマ? 一緒に遊びにいこうよ〜♪」

危うく手から落としそうになった、商品の壷を抱えながら。
僕はほっと溜め息を一つ、元気な声の聞こえる背後に振り返りました。

そこにいたのは、満面の笑みを浮かべた妖狐の女の子でした。
短なふたつの尻尾が可愛らしい、よくお店に足を運んでくれる子です。
僕が商品を棚に並べていると、背中から突撃してくる危ない子でもあります。

壷を棚に置き、僕は苦笑と共に女の子の頭を撫でました。
彼女はそれがよほど嬉しいのか、耳をピコピコ動かして喜びます。

「んぅ〜…
#9829;」

…危険というのは、ずばりこのことです。
いえ、壷を落としてしまう危険ではなく…。

この街には、人間の男性がごく僅かしかいないのです。
更に未婚の男性となれば、子供を含め、ほんの数十人しかいません。
つまりは、街に住む大多数の魔物娘にとって、僕は格好の獲物なのです。
比率で言えば、5000:1ほどでしょうか。凄まじい競争率です。

こうなるともう、僕を含めた未婚の男性陣はたまったものではありません。
昼夜を問わず、彼女達はアピールのために僕達の元へと訪ねてきます。
ベッドやお風呂での待ち伏せは当たり前。裸での訪問も日常茶飯事。
セクハラは当然のスキンシップで、もてなしの食事には媚薬がどっぷり。
一分一秒たりとも油断できません。気を抜けば、即貞操を奪われてしまいます。

「えへへ…。もっとなでなでして〜♪」

恐ろしいことに、一見無邪気に見える彼女もまた、ハンターの一人です。
若輩な僕ではありますが、彼女に至ってはまだ6歳です。人間ならば犯罪です。
こんなに幼くとも、隙あらば、その小さな手は僕の股間に忍び寄るのです。
本人に自覚はないと思いますが、魔物の本能がそうさせるのでしょう。
なんともスリリングに満ちた毎日です。いつまで理性が保つことでしょう…。

「…お客様」

ふと、甘える女の子に対し。
カウンター内にて腰掛けた女性が、強い口調で言葉を放ちました。

「店内では静かにして頂けませんか? 摘み出しますよ?」

あまりに鋭い言葉に、女の子の尻尾がブワリと膨れ上がります。
見れば、目尻には涙。よほど怖かったのか、今にも泣き出しそうです。

僕は慌てて女の子の背中を撫で、なだめようとしました。
お店の面子もある以上、子供を泣かせたとあっては大変です。

「………」

しかし、当の本人はまったく気にしていないようです。
愛用の片眼鏡を掛け、再び骨董品の鑑定を始めてしまいました。

彼女こそ、骨董店『たこつぼや』の店長、スキュラのキュラさんです。

類稀な鑑定眼と辛口な評価で有名な彼女は、呆れるほどに無愛想です。
話す言葉は最小限。誰かと世間話をしている姿など見たこともありません。
たまに話したと思えば
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