どこまでも果てのない、一面の銀世界。
降り積もる雪の中、僕は一人、身を震わせて歩いていた。
目指している場所などない。ただ黙々と、道も分からず歩き続ける。
さくりと音を立て踏み締める足に、冷たいという感覚は既に無く。
息は凍り、意識までもが白く染められてゆく。寄り添う死の気配。
雪は止まない。大地に降り注いでは、世界の全てを凍らせてゆく。
溶けることはない。溶けるはずがない。春はまだ、ずっと先…。
でも、僕は歩を後ろに向けようとは思わない。
足跡の続く向こうには、僕の大嫌いな人達がいるから。
霞む視界に浮かぶ、あの日の光景。忘れられない事故。
どうして。どうして父さんと母さんは、僕を残して逝ってしまったんだ。
落石があったとき、どうして僕だけを馬車の中から放り出したりしたんだ。
一緒に居たかった。そうすれば、こうして叔父さん達に虐げられずに済んだのに。
聞いてよ、父さん。叔父さん達は、僕を『悪魔』って呼ぶんだ。
母さんが綺麗だって褒めてくれた、白い髪と肌、赤い瞳を見て言うんだよ。
酷いよね。僕は納屋に閉じ込められて、外には出してもらえなかったんだ。
それに、食事だって日に一度。大半は余りもので、酷い時はカビたパンさ。
僕はひとりぼっち。求む人も、求める人も、もういない。
この雪の粒みたいだ。僕の手のひらに落ちる、儚い氷の結晶。
皆が居る地面に落ちることができず、春を待たずして、溶けて消えてしまう。
ごめんよ。でも、僕ももうすぐ、君のようになるから。
白い雪のようなこの身体、凍えて動かなくなるまで、あと僅か。
ほら、足が動かない。瞼が重い。胸が熱い。溶ける時が来たんだ。
ああ、神様。逝く前に、どうかひとつだけお願いします。
『悪魔』と呼ばれた僕の願いを、どうか聞き届けてくれるのなら。
もう一度だけ、僕をあの日に戻してください。
母さんの腕の中で眠る、生まれたばかりの頃の僕へ。
あの温かい腕の中へ…。
どうか………。
……………
………
…
…夢を見たような気がする。
それは、僕が5歳の誕生日の時の光景。
温かな暖炉のある部屋で、僕は笑顔でケーキの前に座っていた。
父さんは僕へのプレゼントを手に、ご自慢のチョビヒゲを弄りながら笑っている。
母さんは誕生日を祝う歌を唄いながら、手拍子までつけてニコニコ喜んでいる。
幸せな光景。二度と戻れることのない思い出。
美味しそうにチキンを頬張る幼い僕。なんて無邪気なんだろう。
もし口出しできるものなら、言ってやりたい。
チキンなんて後でいいんだって。もっと両親に甘えるんだって。
3年だ。後3年で、君は両親とお別れしなきゃいけないんだぞ。
だから、お願いだ。もっと父さんの、母さんの温かさを感じておいてくれ。
そうすればきっと、父さんと母さんは一層笑うだろう。
5歳になったのに甘えん坊だなと、君のことを笑うだろう。
でも、いいんだ。笑い合えるって素晴らしいことなんだ。
5歳の僕。君はまだ、それが分からないだろうけれど。
でも、嬉しいだろう? 父さんと母さんが笑ったら、嬉しいだろう?
そういうことさ。気付いてほしい。君が、僕にならないためにも。
ほら、母さんが君を抱き締めている。
温かいだろう。君は幸せ者だ。世界一の幸せ者だ。
君も抱き締め返してあげるといい。どうだい?
ね、温かいだろう…。
温かい………。
……………
………
…
…ふと、視界が真っ暗になった。
とうとう死んでしまったのかと思ったけれど、どうも違う。
柔らかい。何か柔らかいものが、僕の目の前にある。
どうやらこれが視界を邪魔しているようだ。何だろう。
雪にしては温かいし、それに何か、良い匂いがするような…。
「…んむ?」
声。人間の声だ。どこから聞こえてくるのだろう。
と、柔らかいものがもぞもぞと動き出し、僕から少し距離を離す。
開けた視界に、僕は無意識に、声の聞こえた方を見るために顔を上げた。
「オパオパ♪」
…そこには、見知らぬ女性がいた。
僕の目と鼻の先で、満面の笑みを浮かべる女性。
僕とは対照的な茶褐色の肌、僕と同じ白い髪。背は大きい。
長いマフラーを掛けていて、その端を僕の首にも巻いている。
でも、何より気になったのはその言葉だ。
『オパオパ』ってなんだろう。初めて聞く言葉。
「オパオパ、イエティのあいさつ。キミもマネしてごらんヨ」
キョトンとする僕を前に、彼女は言葉を続ける。
『イエティ』? 彼女…あるいは民族の名前だろうか。
さておき、『オパオパ』とはどうやら挨拶の言葉らしい。
挨拶されたら、元気に返しなさいというのが父さんの教え。
僕はオウム返しに、彼女へ『オパオパ』と挨拶をした。
「うんうん、オパオパ♪ オジョウズ」
ご機嫌そうに頷き、
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