怪奇語部

つい一ヶ月前の話なんですけどね、古い洋館を訪ねたんですよ。
築百年は経つっていう、オンボロなところなんですけどね。

事の始まりは、些細な噂話だったんです。
『ホラーナイト』って酒場、皆さんご存知ですか?
捻り鉢巻をした、人の良いマスターがいるお店です。
あたし、あそこの常連なんですよ。晩酌はいつも『ホラーナイト』。

その日もあたしは苦い酒を飲んでいたんですがね、
マスターがニヤニヤしながら、こう話しかけてきたんですよ。

「ジュンちゃん、面白い噂話があるよ」って。

でもね、その時のあたしは、マスターの言葉を笑い飛ばしたんです。
「な〜に言ってんだい、また『裸の痴女が裏通りに出た』とかだろう」ってね。

すると、マスターは大きな図体を縮こまらせて、顎を突き出したんですよ。
だからあたしも、思わず耳を寄せた。こりゃただの噂話じゃなさそうだって思った。

あたしの耳元に口を寄せたマスターは、蚊ほどの声でこう言ったんです。



「怖い話だよ、ジュンちゃん」…。



ぶるりとしましたよ。もうゾワゾワゾワ〜って。
だってね、怖い話といえばあたしの大好物じゃありませんか。
あたしは思わずお酒を飲むのも忘れて、マスターの話を聞いたワケだ。

その噂話っていうのが、古い洋館に住むオバケの話でね。
なんでも、そこにはよく泥棒や浮浪者が忍び込むらしいんですけど、
入ったが最後、朝になっても、誰一人としてお屋敷から出てこない。
そのことを不審に思って、調査に向かった冒険者もいたらしんですけどね、
翌日も、翌々日も、その次も、彼はとうとう帰ってこなかったそうなんです。

なんとも不気味なお話じゃあありませんか。ほんと、あたし好み。
マスターの話を聞いて、あたしはもう目をキラキラさせてしまいましてね。
早速その洋館の場所を聞いて、噂のオバケにあってやろうと思ったんです。

だけどね、やっぱり一人は心細い。
オバケもそうですけど、道中で魔物が襲ってくるかもしれないじゃあないですか。

だからあたしは、ちょうど酒場に居た冒険者に、護衛を頼むことにしたんです。
Sちゃんっていう若い子。このSちゃんがね、今時珍しい、気の良い青年なんですよ。
あたし達はすぐに意気投合して、馬鹿話をしながら、揚々と洋館まで向かったんです。

その洋館は、街から遠く離れた、暗い暗い森の中に立っていましてね。
お互いの冗談に笑い合ってたあたし達も、お屋敷の前まできたら、ピタッ…。
雰囲気といいますか、空気がまるで違うんです。そこだけ、ゾォーッと。

あたしは思いましたよ。「あ、これは本物だ」って。
なぜだか寒いんです。サブイボが立つほど。そこだけ冬みたいだった。
ふと隣を見ると、Sちゃんも何かを感じたらしくて、顔が真っ青。
あたしもSちゃんも、もうおしゃべりする余裕なんてなくなっていました。

でも、ここまで来て、むざむざ帰るワケにもいきませんから。
あたし達は腰が引けながらも、お屋敷の扉をノックしたんです。

「もしも〜し、もしも〜し」…。

…誰も出てこない。やっぱり、人の気配はないんですよ。

だけどね、Sちゃんがあることに気付いたんです。
「おかしいよ、ジュンちゃん」って、震えた声で言うんです。



「誰もいないはずなのに、クモの巣ひとつない…」って。



それを聞いた途端、背筋がゾワワ〜ッ!
確かにね、よくよく見ると、クモの巣がどこにも張ってない。
それどころか、ドアノブは磨いてあるし、壁には汚れ一つない。
見た目がオンボロってだけで、ちゃんと掃除されているんですよ。

あたしはもう怖くて怖くて。
すぐにでも帰りたくって、Sちゃんと顔を見合わせたんです。

そしたらね。



ギギィー…。



扉が開いたんです。
あたしはドアノブに触っていませんよ。扉をノックしただけです。
Sちゃんも触っていません。あたしの後ろにいたんですから。

なのに、勝手に扉が開いたんですよ。
手前側にね。これはもう、風で開いたとかじゃあない。
「ああ、オバケが迎えに来たんだな」って、あたしは思いました。

その時ね、ふと、お屋敷の中を覗いてみると。
くら〜い廊下の奥に、チラッと、人影のようなものが見えたんです。

咄嗟に叫びましたよ。
「Sちゃん、誰かいる! 誰かいる!」。
その人影を指差して、あたし、必死にSちゃんを呼びまして。

でも、その影はあたしの目の前で、フッ…と消えてしまったんです。
Sちゃんがそっちを見る頃には、文字通り、影も形も無くって。
不思議そうな顔をして、「何かいたの?」って、あたしに聞くんです。

アレはきっと、噂のオバケに違いない。
そう思ったあたしは、意を決して、真っ暗なお屋敷の中に入ったんです。
Sちゃんも、怖がりながらもついてきてくれました。良い青年で
[3]次へ
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33