◆
あの男と出会った次の日、わたしは準備していた通り再び森へ向かった。
昨日捕り損なった食糧のためだ。
狩り場に向かう獣道の途中、あの男を叩きつけた樹が見えてくる。
――あの男はどうなったのだろう?
なぜかは分からないけれど、そんな考えが頭に浮かんで、わたしは樹のほうを覗き見た。
虫や獣に食べられ、体の所々が欠けた無惨な死体。
そういうものを想像していたのに、そこに男はいなかった。
生きていたのか。いくら加減したとはいえ魔物の、しかもわたしの蹴りだ。普通の人間なら骨の五、六本は折れている。あの男は思っていたよりもタフらしい。
まあ、どうでもいいが。
◆
「あ。」
「げ……」
なんてことだ。獲物が見つからなくて、いつもはあまり行かない一帯に足を向けたらこれだ。慣れないところへは行くべきではない。またあの男がいた。やっぱり生きていたらしい。それどころかぴんぴんしている。
「おお、君は昨日の……」
「………生きてたの?」
どうやって。こんな男に興味なんか無いがそれだけは気になった。
「ああ!もともと体は丈夫なほうでさ。たしかに死ぬかと思ったし、実際肋骨が何本かいってるけどな。あははは」
なぜ笑えるのだろう。昨日も思ったが、この男は馬鹿なのだろうか。
妙な男だ。
「そんなことより嬢ちゃんは大丈夫だったのか?風邪とか、ひかなかったか?」
どうしてこの男はわたしの体を気遣っているのか。自分をひどく痛めつけた相手を。それに……。
なんだろう、この気持ちは。
首の後ろがむず痒いような、瞳の奥が熱いような、不思議な感覚だった。そんな感覚を振り切るように、その男に言う。
「別にどうでもいいでしょ?それに昨日も言ったけど、ろくに受け身も取れないような男がわたしに話しかけないで。」
「ああ、おい……」
わたしは男に背を向け歩き出す。そうして何歩か歩いた時に、声を掛けられた。
「おい、嬢ちゃん。俺の名前、リールっていうんだ。もし良かったら、嬢ちゃんの名前も教えてくれよ。」
明るい声。突き放されても、落ち込んだりなんかしないような、何があっても決してめげないような、そんな声。
答えるつもりなんか、無かったのに。
「……モトリモ。」
口が勝手に動いていた。
「そか!じゃあモトリモ、またな!」
嬉しそうな声がする。うしろは見なかったが、きっとあの男――リールはあの笑顔でそこに立っているのだろう。
本当に、変わった男だ。
◆
小さかった頃の話だ。
もともと生まれつき他のバフォメットより魔力が高かったわたしは、その頃もうすでに年経たバフォメットと同等かそれ以上の力を持っていた。
それがきっと、いけなかったんだろうと今でも思う。
成熟したバフォメットでさえもてあますほどの力を、生まれて間もないような子供が制御できるだろうか?出来るはずも無かった。
きっかけはもう思い出せない。でも、些細な事だったのだろう。
そのことで幼かったわたしは魔力を暴走させ、たくさんの同族を傷付けた。その中にはわたしが大切に思っていたひとたちもいて。
怪物、と。
みんなから、そう言われた。
それまでわたしを支えてくれていた数少ないひとは、みんなわたしのせいでいなくなってしまった。
まわりから怪物と呼ばれ憎まれたわたしの居場所はもうそこに無く、与えられた選択肢も僅かだった。
わたしはそれから一人で生きていくことを決めた。誰にも好かれなければ、嫌われることもないから。傷付けることも、裏切られることもない。
その時から魔界には一度も帰っていない。
◆
目が覚めた。どうやら夢を見ていたようだ。遠い昔の夢を。
昨日、あの男と別れたあとわたしは運良くイノシシを捕まえられた。それから家に帰り、久し振りの獲物に嬉しくなって一人で豪勢な食事をしてからそのまま眠ってしまったようだ。床で寝ていればそりゃ変な夢も見るだろう。
気だるい体を慣らしながら考える。
さて、今日は何をしよう。
いつもなら魔力制御の練習をしたり、本を読んだりして家でゆっくり過ごすのだが、なぜか今日はそんな気分ではなかった。
わたしは森へ行くことにした。
今日も、あの男はいるだろうか。
◆
その日から、わたしはリールと良く出くわすようになった。その度リールはわたしにあの笑顔を見せてくれ、認めたくは無かったが、いつしかわたしはリールに会うことが楽しみになっていた。
ある日のこと。
その日わたしは用事があって人間の街にいた。もうこちらでの暮らしも長い。角や羽を隠して、人間の振りをすることも朝飯前だった。
そうやって誰にも気付かれず用事を済まし、そのままうちに帰ろうとしたわたしにふと、耳慣れた声が聞こえた。
「よっ、ほっ、はっ、」
リールのものだ。街の外れ、ちょっとした空き地に、彼はいた。
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