嬌声


 
「そっちばっか赤甲羅出てる気がするんだが……」
「うーん日頃の行いかな、そーれ♪」
「んだー!畜生!」
義郎は画面の前で引っくり返る。
夕日の差し込む義郎の部屋で二人はゲームに興じている。
頭をぽりぽり掻きながら義郎は起き上がる。
ぼさぼさだった以前とは違い、その髪は短く刈り揃えられて清涼感のある雰囲気になっている。
顔色もよくなり、寝不足から来ていた目の下のくまもなくなっている。
そうしてみると義郎も美香との血の繋がりを感じさせる整った顔立ちをしている事がわかる。
「ねえ」
「ん?」
「大学はどう?楽しい?」
「まあまあ」
「苦労したのに感慨薄いね」
「入ってみれば大きく自分が変わるとか思ってたんだけど……ま、俺は俺だな」
「あはは、当たり前じゃん」
義郎はゲーム機を片付け始める。
出したものを出しっぱなしにしないように心掛けるようになってから部屋もずいぶん綺麗になった。
「何か用事あるの?」
「合コン」
「うーわー、大学生って感じ」
「お前もこの後仕事あるんだろ?」
「ん」
「戸締り頼むよ」
「おっけ」
やり取りを終えると義朗は出かける準備をして玄関に立った。美香はぱたぱたと手を振って見送る。
「……」
ドアの前で義朗は立ち止まる。美香はその後ろ姿を見つめる。
「可愛い子達が……来るらしいんだ……きっと俺にもいい人が……見つかる」
美香はくすくす笑う。
「だといいねえ」
「……」
義朗はドアから出て行った。







 「兄さんは合コン?」
「はい」
「まあ……」
美香はモデルの仕事を終えた後妙子と喫茶店にいた。
兄はどうしているのかという問いに美香は至って冷静に答えた。
「不思議ですか?」
「ええ……まあ……美香ちゃんはもし想いを成就させたら他の女に指一本触れさせたがらない性格かと思ってたもんだからね……」
「まだ成就してないですよ」
「え?」
ちゅー、とストローでアイスコーヒーを啜りながら美香は言う。
「兄さんまだ堕ちてないんです、抵抗し続けてるんです」
「それは……」
「とても頑張り屋でしょう?」
そう、義朗は本当に頑張っている。「あの日」以来、人が変わったように努力をし始めた。
自分は変わらないと言っていたが、周囲から見ると大きく変わった。
試験に合格し、身だしなみに気をつかい、成績も上位をキープした。
対人関係に積極的になり、男女問わず友人も増えたようだ、飲みやコンパなどにもまめに誘われる。
妙子は訝しく思う。
強烈な独占欲を持つ美香がどうしてその状況を静観しているのか?
「可愛いじゃないですか」
くるくるとストローでコーヒーを掻き回しながら美香は言う。
「健気に頑張ってるんですよ、私から逃れようと」
「逃げる?」
「あ、来た♪」
ショートケーキが美香の元に運ばれてきた。
「魔物っていいですよねー、体が自然に美貌を保ってくれるから節制もほどほどでいいし」
「……程々にね?」
美香は喜色満面でケーキにフォークを付ける。







 「ねえねえ、最中君って彼女いる?」
「ん?いないよ」
居酒屋の喧騒の中隣にいる女の子が声を掛けてきた。義朗はジョッキを傾けながら答える。
「おっ?ナニ?早速そいつに目を付けたかー」
「やだもう、目を付けたとかじゃないですよー」
笑って女の子が言う、しかし彼女いる?なんて質問は目を付けた以外の何者でもない台詞だが。
「えー?じゃあ私先に付けちゃおっかなー」
「あ、ちょ、のんこずるーい」
「ははは……」
見た目のいい義朗はいつも人気がある。
「でもなーそいつ難攻不落だからなー、言い寄られてもぜんっぜんなびかねえのよ、俺なんかどうよ、即落ちだぜ?」
「え〜?やだぁ〜」
先輩が絡む間に義朗はさり気なく女の子から距離を取り、注文を取ったり酌をして回ったりする。
結局、義朗は先輩方がうまくいくように立ち回るのみで自分から積極的に関わろうとはしなかった。
「二次会行く?」
「遠慮するよ」
「行かないのお?」
「ざんねーん」
居酒屋から出て義朗は皆と別れる。
「あいついっつもそうなんだよ、絶食系っての?」
「いい人そうなのになあ……」
後ろから小声で言われているのも聞こえている。今日に限らず普段からそういう事は言われている。
義朗は背を丸めて繁華街の喧騒の中を歩く。
今日もダメだった。今日も自分の琴線に触れる女性はいなかった。いや、わかっている。そんな女性は未来永劫現れない







 「不安は感じない?」
「不安、ですか?」

サク

ケーキをフォークで切り分けながら美香は言う。
「逆に思うんですけど、縛っていないとそんなに不安ですか?」
「うーん……そりゃあ……」
「私は不安は感じません」

カチャ

スポンジとクリームを口に運ぶ
「あむ……どんなに抗われても、
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