泣いたらいい

蛍が舞っている。
その蛍達の儚い光の中で二人は並んで座っていた。
香苗の説明は理路整然としていてわかりやすいものだったがどうにも言葉の意味が頭に染み入らず、信夫はただただ蛍の化身のように白い香苗の姿に見とれるばかりだった。
「まあ、大体そういう経緯だ」
「……」
「納得いかないか」
信夫は中空を見つめている、ぼんやりとした表情だ。
「……お前が言うなら本当なんだろう……現実感は沸かないが」
「私が幻覚だと思うかい?見えるし、聞こえるし、話せるだろう?おまけに触れる」
「……リアルな幻覚ならあり得るな……」
「ふうむ、困ったものだ」
香苗は両膝に肘を乗せて頬杖をついて首を捻った。
そうしてまたしばらく二人で黙って浮遊する蛍を眺めた。
「場所が悪い」
「うん?」
唐突に香苗が口を開いた。
「極力人目につかない場所を選んだんだが……この夜の廃工場という非日常的空間が余計に現実感を遠ざけている」
「……?」
「行こう」
「どこへ?」
「現実感のある場所へだ」







 「テリヤキバーガーセット、ダブルバーガーセット、お二つともお飲み物はコーラでよろしいですね?」
「はい」
「はーい、少々お待ち下さーい」
店員の快活な声、店内に流れる軽快な流行歌、ポテトの匂い……。
「……どうしてバーガーショップなんだ」
「現実感あるだろう?」
困り顔の信夫とは対照的に香苗はちょっと浮ついた表情だ。
場所は24時間営業のバーガーショップ。二人は廃工場を出て車で都内にまで下りてここに入ったのだ。
確かに廃工場に比べると日常感のある場所であり、深夜でも開いている店といえばここぐらいしかない。
それにしても何というか、白ずくめで幻想的な香苗の姿はこの俗っぽい場所に不釣り合いだ、いや、現実感はあるのだが。
「お待たせしましたー」
「お、来た、来たぞ信夫、席は取ってあるぞ、早く行こう」
「わかったわかった」
トレイがカウンターに置かれると香苗は目を輝かせる、外の食事に連れてきてもらった子供のようだ。
信夫はトレイを持って店内の席に移動する。
「いただきます」
言うが早いか香苗はがさがさと包み紙を開き、大きく口を開けてテリヤキバーガーにかぶりつく。
「うん!……うん!想像してたほどうまくはないな」
ふと、信夫はその言葉で思い出す。
生前、生まれた時から食事制限を受けていた香苗はハンバーガーなんて物を食べた事がないのだ。
「でもこれはいいぞ、皆が普段食べているこれはこういう味がするという事がわかった、自由の味がする、うまい物もまずい物も何でも自分の舌で理解できる、素晴らしい」
「……死人なのに食って意味はあるのか?」
「内臓を稼働させればエネルギーとして活用する事はできる、生きてる時と違って食わなくても死にはしないがな」
ぱくぱくとポテトを口に放り込みながら香苗は答える
「それも一口もらえないか?」
香苗は信夫が手に持つダブルバーガーを見ながら言う。
「構わないが……」
返事を言い終わる前に香苗の手が伸びてハンバーガーを持つ信夫の手首を掴み、ぐいと自分の方に引き寄せた。
「あむ」
「……」
結構な量をいかれた。
「うん、こっちの方がうまいな」
「そうか」
「君との間接キスだという分を加味しての話だが」
「……ごほんっ」
「ふははっ」
香苗はニヤニヤしながらこっちを見ている、すごく嬉しそうだ。指が機嫌良さそうにたたんったたんっとテーブルを叩いている。
どうも様子がおかしい。
純度の高い才能を有する者には特有の稚気がある。香苗を見ているとそれを実感する事が度々あったのも確かだ。
しかし香苗がそういった子供っぽい本性を見せるのは希であり、普段は落ち着いた分別のある性格をしている。いや、巧みに装っている。
ところが今の香苗はどうも箍が外れたようにその本性を顕にしているようなのだ。
「……変だぞ、お前……」
「変だとも、もう箱は壊れてしまっているからな」
「……箱?」
「こっちの話だ、だが君が可愛いことを言った事が原因で私がこうなっているというのは確かだ」
「可愛いこと?」
「「お願いしますから」だったか?」
「やめろ、忘れろ」
「嫌だ、忘れないね」
「頼む……」
顔を手で覆って信夫はぐったり項垂れる。
「ほらもう、それも可愛い……可愛いなあ君は本当に、キスしたいな、していいかい」
「おいばか」
テーブルに手をかけて身を乗り出してくる香苗を信夫は慌てて押し返す。
深夜でまばらとはいえ、店内には他の客の姿も点在している、その人々の視線が痛い。
「いいから落ち着け、本当に変だぞ」
「変にしたのは君じゃないか」
白い顔色に不釣り合いな程に目を輝かせて香苗が言う、微妙に会話が成立しない。
と、香苗は俯いて小声になる。
「……本当は「愛されボディ計画」が完了してからがよ
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