中編

「ふっ……!ふっ……!ふっ……!」
朝の空気の中に風を切る音が鳴る、ノーケンが木剣での素振りを行なっているのだ。
既にかなりの回数をこなしているらしく、前髪から汗の珠が滴るほどだ。
それはいつもの訓練の素振りではなかった、ノーケンを動かしているのは不安だ、不安を紛らわせるために体を動かさずにはいられないのだ。
「ふう……ふう……」
いい加減腕力が限界を迎えたらしく、ノーケンは汗を拭いながら近くの切り株に腰を下ろした。
息を整えながら周囲の景色を見やる。
花壇で囲われた森の中の小さな一軒家。素振りをしていた場所は物置小屋や割られた薪が積まれているその家の小さな庭だ。
腰を下ろした切り株は薪を割るのに使われているものなのだろう。
「ふう……」
呼吸が整い、しばらく俯いてじっとしていたノーケンだがすぐに何かに耐えられなくなったように切り株から立ち上がってうろうろと庭の中を歩き回り始める。
「くそっ……」
唸るように呟いたその時だった。
「ノーケンさん、起きたよ!起きなすったよ!」
家の中から素朴な農夫姿の男が現れてノーケンに声をかけた。
「本当ですか!」
ノーケンは言うなり家に飛び込んだ。







 魔界銀の剣で斬られたスイは最初は平気そうにしていた。
袈裟斬りにされた傷跡はしばらくの間奇妙な紫の光を放っていたがすぐに痕も残さずに消えた。
しかし「平気だ」と言って歩き始めて十分と経たずに意識が朦朧とし始め、やがてそのまま気を失って倒れてしまったのだ。
ノーケンはそのスイを背負って森の中を彷徨い、このぽつんと森の中に建つ一軒家に辿り着いて助けを求めたのだった。
その家に住んでいた若い夫婦は突然訪れたその物騒な訪問者を暖かく迎え入れ、寝床と食事を提供してくれた。
しかしその間もスイの意識は戻らずそのまま夜が明けてしまい、一晩気を揉み続けたノーケンの不安が払拭される報せは翌朝にようやく訪れたのだった。







 「し、しかしその、ちょっと様子がおかしくって……」
「おかしい?」
戸惑う農夫を横目にノーケンはスイの寝かされていた部屋のドアに手をかける。
しかしノブが回らない。
「開けるな!」
中からスイの声が聞こえた。ノーケンは顔を顰める。
「どうした?」
「いいから開けるな!」
農夫とノーケンは顔を見合わせる。
「立て篭もってどうするんだ、見られると不都合な事でもあるのか?」
「……」
返事が無い。
「……すいません、ノーフィーさん……」
小声でノーケンは農夫のノーフィーに謝った後、再びドアに向けて声をかける。
「スイ、無理に出て来いとは言わん、好きなだけ篭っていい、ただ助けてもらった人に迷惑をかけてるって事だけは考えてくれ」
そう言ってノーケンは改めてノーフィーに頭を下げた、ノーフィーは無言で「構わないよ」というジェスチャーで応えた。
そうして二人共がドアの前を去ろうとした瞬間にガチャ、とドアが開いた。振り返るとスイが扉から出てきた所だった。
ノーケンはぎょっとした、スイの目が泣き腫らしたように充血していたからだ。
「スイ……?」
「……」
スイはふらりと歩き出すとノーフィーにほんの小さく頭を下げた。
「だ、大丈夫かい?」
ノーフィーの言葉には応えずに開いていたドアからふらふらと表に歩いて行ってしまう。
「おい?」
ノーケンは後を追って外に出た。
外に出たスイは庭に立って周囲を見回している。
「どうした一体」
相変わらず言葉には応えずスイは庭に落ちていた適当な長さの木切れを見つけて拾い、構える。
「……」
タンッ
踏み込んで突きを繰り出した。
「……?」
ノーケンはすぐに異変に気付いた、槍の先が走っていない、いつもの目にも止まらぬキレがない。
シュッ……シュッ……シュッ……
何度かその突きを見て原因に気付く、フォームが崩れて体の軸がぶれている、まるで自分の体を制御しきれていないような動きだ。
「……くしょぅ……」
スイは何かを口の中で呟いている。
「ちくしょう……ちくしょう……」
泣いていた、目から大粒の涙を零しながら何度もフォームの崩れた突きを繰り返す。
「くそおっ……くそおおおお……!」
「スイ……っとぉ!?」
ノーケンが肩に手をかけようとした瞬間、突然スイは振り向きざまに木切れを振り回した、ノーケンは慌ててよける。
「俺に触るなあ!」
泣きながらスイは叫んだ、槍を握る手が震えている。
「ふざけやがって畜生!殺してやる……!畜生、殺してやる……!」
「……」
ノーケンは無言でスイに歩み寄った。
「寄るんじゃねぇ!!」
スイは木切れを振り下ろした。
ガツッ!
予想外の重い手応えにスイはぎょっとした。
見切れない速度ではなかったはずだが、ノーケンは全く避けるそぶりを見せずに棒立ちで木切れを頭に受けた。
こめかみ
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