夕暮れの赤い日差しが降り注ぐ森の中、道とも言えないようなあぜ道をその一団は進んでいた。
一両の馬車を囲うように騎兵が10騎、いずれもこれから戦争に向かうかのような重装備をしており、頭全体を覆う兜で誰一人として表情は伺えない、馬車にしても商隊などが使うような簡素な物ではなく、戦争用の戦車だった。
そして騎兵の鎧にも馬車にも教団の紋章が誇示するように大きく刻まれている。
物々しい雰囲気を醸すその一団は誰も一言も声を発する事無く、蹄の音と鎧の金属音のみを響かせて黙々と森のあぜ道を行軍していた。
馬車の中には一人の大柄な男が座っていた、背もたれにもたれずに背筋を伸ばし、鞘に収まった幅広で長大な剣を杖のように足の間に立て、柄頭を両手で包むように握っている、
その男も武装をしていたが、フルプレートで全身を覆っている他の騎士に比べてかなり軽装だった、頭部には何もつけておらず、その表情が伺える。
短く刈られた髪には白い物が混じり、顔には深い皺が刻まれ、髪と同じく白い物が混じった顎髭をたくわえている、歳は壮年から老年に移りゆく頃に見える、薄く開いた目は宙の一点を凝視するように固定され、灰色の瞳は鈍く光っている、気の弱い者なら数秒とその視線を受けていられないだろう。
全身は装備の上からでも鍛え抜かれているのがわかる、今は見えないがその全身には無数の古い傷が刻まれている。
「古強者」という言葉を全身で体現したような男だった。
「トエント候、そろそろです」馬の手綱を握る騎士が馬車の中に声を掛けた。
「うむ」
トエントは低い声で短く答えた。
近年教団は大きな問題を抱えていた、新魔物派への「粛清」が滞り、新魔物派の勢力が拡大しつつあるという問題だ。
原因は一人のサキュバスにあった、ある時期を境に出現するようになったそのサキュバスは多くの魔物を従えて「粛清」の現場に現れ、教団を退けると同時に多くの騎士達を攫ってしまうのだ。
強大な魔力と武力を備えているだけでなく、そのサキュバスの出現と同時に魔物達の動きも組織だったものになってきた事から強固なリーダーシップも兼ね備えていると推測される。
いつも黒づくめの姿で現れるそのサキュバスはいつしか教団の騎士達の間で「漆黒の勇者」の通り名で呼ばれ、恐れられるようになった。
事態を重く見た教団は討伐隊を結成し、そのサキュバスの捜索に乗り出したが、捜索や討伐に向かった騎士達も次々に行方知れずになり、とうとう「暴風の騎士」の名で知られるトエント・オルエンド候に声がかかったのだ。
トエントは馬車を降りた。
森の中でもまだ木の密集していないちょっとした広場くらいの空間のある場所だった。
まだ日は沈み切っていないが背の高い木が日差しを遮り、すでに周囲はかなり暗い、そしてその周囲の暗がりからひしひしと魔物の発する魔力が伝わってくる。
この森を抜けた先には大きな街がある、その街には教団の教えは普及しておらず、魔物達が堂々と街中を闊歩しているような場所だ。
その街に限らず、こう言った魔物達に懇意にしている大きな街には教団に対しての防衛線が張られている、この森はその街の防衛ラインに当たる場所だ。
そこをこのように教団の紋章を掲げ、物々しい装備で移動すれば必ず魔物達の襲撃を受ける。
今も姿は見えないが既に魔物達に包囲されていると考えるべきだろう。
しかし、その危険地帯のただ中でその教団の騎士達は意外な行動を取った。
トエントが馬車を降りるのを確認した騎手は方向転換すると元来た道を引き返し始めたのだ、他の騎兵達も馬車に従い周囲を警戒しながら引き返して行った。
森の中にトエントただ一人が残った。
普通ならばこの時点で襲われる、予想したように周辺にはアルラウネ等の魔物達が潜み、騎士達の様子を伺っていたのだ、一人になった時点でもはや隙を伺う必要もない。
それでも魔物達は動けなかった。
トエントはただじっとそこに立っているだけだ、剣を鞘から抜いてもいない、しかし解る、どこから近付いても斬られる、背後からでも頭上からでも複数で同時に行っても斬られる。
そこに立っているだけでそれがわかる。
「我が名はトエント・オルエンド!」
トエントは森に向かって声を張り上げた、低く、よく通り、如何なる戦場の喧騒にも負けずに兵士たちの耳に届き、味方に力を、敵に恐怖を与えた声だ。
「立ち合いが望みだ!居るのならば応えよ黒き騎士!!」
腹を打つような声でトエントは呼び掛けた。
暫くの間森を痛いくらいの沈黙が覆った、木のざわめきも鳥の声も聞こえない異様な沈黙だった。
「・・・!」
トエントは森の中の一か所の闇を凝視した、常人には気付かないほどの変化だが、そこに周囲の魔物達と異質の気配が現れたのだ。
やがて、その闇から生まれ落ちたように黒い人影が出現した、全く足音を立てな
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