八千代ちゃん

 
 「もぐもぐもぐもぐ……」
高梨剛(たかな しつよし)は計算する。
最初来た時ロースカツは五切れに分かれていた。今、彼女の皿の上にあるのは二切れと半分。
「すんません!ご飯お代わり大盛りで!あ、あとみそ汁とキャベツも!」
今のが四杯目のお代わりなので一切れにつき1.5杯食べている事になる、それとは別に味噌汁も四杯目でキャベツは確か三回目だ。ちなみにご飯は四杯とも大盛り。
ほこほこと湯気を立てて椀に山盛りにされて来る白米に目を輝かせる後輩、百井八千代(ももい やちよ)を見て剛は溜息をつく。
あの一杯だって自分は食べ切れるかどうか、今食べ進めているレディースセットも半分くらいでもう結構きつい、レディースセットなのに。
半切れのカツをソースに浸けて大きく口を開けてぱくり、続けて今しがたもらった白米が次々口に放り込まれて行く。
いっぱい食べる君が好き♪ いっぱい食べる君が好き♪
見ていて自然にそんなBGMが頭に流れるほどに幸せそうに食べる。
と、その後輩の箸が止まり、こちらをじっと見始める。
「……先輩食べないんッスか?」
「……いる?」
手元の魚フライを箸で示して言うと八千代はぱたぱたと手を振る。
「あっ、ややや!そんなつもりではっ!」
「いーよ、俺食べ切れないし、ほら」
遠慮する後輩の皿にフライを置いてやるとやっぱり嬉しそうな顔になる。
「てへへ、すいませんッス、いただきまっす!」
言うが早いかタルタルを付けてかぶりつく。
我慢なんてらしくないよ♪
頭の中で歌いながら剛は後輩の食べっぷりを眺める。







 「いや〜ごちそうさまッス」
「よく食ったねえ本当に……まあ、お代わり無料だから懐には痛くないけど途中から店の親っさんの視線が痛かったよ……」
「てへへ」
照れ笑いを浮かべる後輩を連れて剛はショッピングモールのとんかつ屋を出た。
休日の昼間だけあってモール内は人でごったがえしている。
「どっか他に寄る所ある?」
「あ、CD屋寄っていいッスか?」
「いいよ、CD代は出さないけどね?」
「そこまでがめつくないッスよう」
八千代は白い歯を見せて笑う。
剛はこの表情を見るたびに無性にこの後輩の頭を撫でくり回したくなる衝動に駆られるのだった。
長身の剛に対して小柄な八千代の頭はちょうど撫でやすい位置にあり、ショートでありながらふわふわとボリュームのある柔らかそうな髪質はいかにも手触りが良さそうだ。
無論、女の子の頭をいきなり撫でるなんて失礼な事はしないが。
(ああ、これがデートだったらなあ……)
剛は心の中で密かに溜め息をつく。休日に二人で食事にお出かけといういかにもデートなシチュエーションだが、実際は八千代が女子バスケ部の助っ人として頑張ったねぎらいに剛が奢っているのだ。
別に剛がバスケ部と関係がある訳ではなく、バスケ部が剛を介して八千代に助っ人を頼んだのだ。
陸上部、サッカー部、野球部を掛け持ちしている八千代だったが、それ以外の運動部からも頻繁に助っ人を頼まれる、そこでよく仲介を頼まれるのが剛だった。
本人としては本業(といっても三つもあるが)に専念したいらしく直に頼んでも渋るのだが、剛を介して言うと「先輩の頼みだったら断れないっスねー」と引き受けてくれる事が多々あるのだ。
無論、剛も八千代のスケジュールに無理がでないよう断れる時はちゃんと断るようにしている。その様から冗談交じりに「マネージャー」なんて呼ばれたりする。
剛としても八千代との接点が保てるので好都合なのだが、そこからはどうやって仲を進展させればいいのかわからない状態なのだ。
「〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜♪」
そんな悶々とした思いを抱いている剛の気を知ってか知らずか……まあ、知らないであろう八千代はCDショップの試聴コーナーでヘッドホンを耳に当てて目を閉じ、爪先でとむとむとリズムを取っている。
リズムを取るたびにその柔らかな髪がふさ、ふさ、と揺れ、ついでに小柄な体格に見合わない程に突き出した胸もぽよ、ぽよ、と揺れる。
そんな八千代の姿を、剛はCDを物色する振りをしながら見つめる。
(ああ、可愛いなあ……エロ可愛いなあ……)







 ぶっちゃけて言うと一目惚れだった、容姿というよりその動きに魅せられた、と言えるかもしれない。
剛が廊下を歩いている時だった。ただ歩いているのではなく、両手に重い書類の束を抱えて歩いていた。
先生に何か頼み事をされたからだったと思うが、そのあたりはよく覚えていない。
とにかく剛は重い書類を抱えてえっちらおっちらと廊下を歩いていたのだ。
と、やにわに先の廊下の曲がり角からばたばたと慌ただしく走る音が聞こえて来たのだ。
(あ、これはまずいかも)
と剛は思った。そう思ったなら立ち止まるなりなんなりすればよかったのだが何となく
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