「えっ?は?」
アトレーはきょろきょろと周囲を見回した。
周囲は森、それは当たり前だ、自分は森に薬草を採りに来たのだから。現に肩から提げている籠には今日の収穫物である青々しい草花が収まっている。
それでもやはりおかしい、ちょっと足元を見ながら三、四歩歩いて顔を上げたらもう森の様子がすっかり様変わりしていたのだ。
まず周囲に生えている植物が見た事のないものばかりだ、深緑だった森林は奇妙な紫や明るいピンクを基調とした色になっている。
そんな中に場違いなほどに真っ青な花が群生していたり蛍光色の怪しいきのこがにょきにょき生えていたり見た事のない果実が揺れていたりするものだから配色的に目に痛い。
途方に暮れて空を見上げて見ればそこに広がっているのは夕暮れにしても度が過ぎる程に赤々とした燃えるような空、昼なのか夜なのかさえわかりゃしない。
「……お、落ち着け、ええと、落ち着け……どこだここ……何で俺は……?」
どうにか状況を整理しようと頭を働かせるが、どんなに考えてもどうしてこんな所に来てしまったのか分からない。
自分はいつも通りの獣道をいつも通りに歩いていただけのはずだ。
さわさわさわ……
嗅ぎ慣れない匂いの風が吹き、奇妙な植物たちが揺れる、アトレーはその風の中、放心状態に陥っていた。
「……ん?」
その揺れる植物の中、一つ風に揺られるのと違う動きをしている物があった。
紫色の木の幹から生えている尻尾のようなもの、いや、まさしく動物の尻尾。それがゆらりゆらりと揺れているのだ。
一瞬木から尻尾が生えているのかと思ったが、どうやら木の影に何かの生き物がいるらしい。
アトレーの体からどっと冷や汗が噴き出た、得体の知れない森の中で得体の知れない生き物に遭遇するだなんてぞっとしない。
薬草採取といってもそんなに深く分け入るつもりはなかったので、自分が持っているのは草を刈るための小さな鎌くらいだ。熊やら狼やらに遭遇したらこんな物では役に立たない。
かと言って急に走り出して木の影の「それ」に自分の存在を気付かれたらそれこそお終いだ。アトレーは身を固くしてじっとしているしかなかった。
「……!?」
ひた、とその木の幹を紫の体毛の獣の手が這った、それに続いてすうっと顔が覗いた、位置的にその尻尾の持ち主に違いない。しかしそれは熊でも狼でも見た事の無い化け物でも無かった。
女だ、年若く、美しい女の顔が木の幹から半分だけ覗いてこちらを伺っている、長い黒髪の上に猫の耳が生えており、ひこひこと揺れる、合わせて尻尾もゆらりと揺れる。
(……ま……魔物……!?)
アトレーが住んでいるのは親魔物領とも反魔物領とも近くない辺鄙な村だ、そして魔物も出没しない地域である。
なので反魔物領からの「魔物は人を誑かし、破滅に導く邪悪な存在である」という話も、親魔物領からの「魔物は人の良きパートナーであり、素晴らしい伴侶である」という話も両方を耳にしていた。
どちらにしろ村の人々は魔物に遭遇する機会が無いので対岸の出来事という風に受け取っていた。
こうして遭遇するのであればもう少し真面目に魔物に対する対処法を考えておけばよかったとアトレーは思ったが後の祭りだ、こうなっては親魔物領の話が真相であると祈るしかない。
ぐるぐると頭を回転させるアトレーの視線の先で顔半分だけ覗かせたその魔物はじっとアトレーの事を見ている。何が嬉しいのか口元にはずっとにやにや笑いが浮かんでいる。
(……う、うまそうな人間だ、とか思われてないよな……?)
冷や汗を掻きながら思った所で、ひょい、とその顔と尻尾は木の裏側に引っ込んだ。
(……み、見逃してくれた?)
そう思った瞬間、今度はもう一つ手前の木の幹からもう一匹の魔物が顔を覗かせた、やはり半分だけ。
(ふ、二人もいたのか!?)
顔立ちは先程の魔物と同じだが髪の色が違う、鮮やかな紫色をしている、そしてやはり自分の方を見てにやにやと笑っている。
アトレーはとりあえず引き攣った笑みを返した、食べられないためには友好的にした方がいいかもしれないと思ったからだ。
ひょい、とまたその顔は引っ込んだ。
がさ、
アトレーはぎょっとした、すぐ近くの草むらが揺れたからだ。
がさがさっ
その草むらからやはり魔物が顔を出した、顔の上半分だけを覗かせている。
(あっ……同じ魔物だったのか)
その魔物は右半分が黒髪で左半分が紫色という非常に変わった髪の色をしていた、半分ずつ覗かせていたので違う魔物に見えていたのだ。
それにしても一人の魔物だとしたらいったい先程からどうやって移動しているのか、最初に見た木と二回目に出て来た木、それに目の前の草むら、どれもすこしばかり距離がある。
どう見てもそれらの間を移動したようには見えなかった。まるで手品のようだ。
かちこちに緊張しているアトレーの事を
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