白髪の君

「近頃、よく夢を見る」
バーのカウンターでグラスを傾けながら小菅は言った。
「どんな夢ですか」
その隣に座る信夫は聞く、酒が苦手な信夫はオレンジジュースの入ったグラスを握っている。
「房江がな……夢に出てくるようになった」
カラカラとグラスの氷を揺らしながら小菅は遠い目をする。
信夫はオレンジジュースを酒のようにちびりと飲む。
「娘を亡くして寂しいという気持ちがそんな夢を見せるのかもしれんな」
「……」
「なあ」
「はい」
「妙な事を言うが……実は俺は香苗は自分の意思で何処かへ行っちまったのかもしれないと思っているんだ」
信夫は顔を上げて小菅の方を見た。
遺体の紛失の事を言っているのだ。この事件に関してはずっと話題にする事を避けていた。
紛失した、と言うことは誰かに盗まれた可能性が高い。
盗まれた遺体がどんな扱いを受けているかは正直想像したくない事だ。小菅にとっても、信夫にとっても。
「あいつならあり得そうじゃないか?死んでやっとこ病気から解放されたってんで一人旅に出たんだ」
「……」
「今まで行けなかった所に行って、出来なかった事をやって……」
小菅は首を振ってぐい、とグラスを傾けた。
「酔ってるな」
「多分……そんな風に彼女が蘇ったなら……」
今度は小菅が顔を上げて信夫を見た。
「自分が蘇った原因を調べると思います……医学的に……」
「ああ……あり得そうだ」
小菅は苦笑した。







「魔力だ」
机に頬杖をつきながら香苗は呟いた。
真夜中の資料室、周囲は見上げる程高い本棚に囲まれている。
「魔力、ねえ」
その香苗の向かいに座る銀髪赤目の女はコーヒーを啜りながら言った。
「こいつが全ての元凶だ、そしてこいつの正体が一番わからない。意思を持った放射線のような奴だ、生物だけでなく無機物にまで影響を及ぼす、そして生き物の意思に呼応して性質を千差万別に変化させる」
どことなく不機嫌そうに机に広げられた資料をぴしゃぴしゃと叩きながら香苗は言う。
「私達にとっては当たり前に存在する空気のようなものなんだけれどね……」
「分析すればするほど出鱈目なものだ、そりゃあ向こうの教団とやらも困るだろう、性質があまりに厄介だ」
「貴方はこの魔力って物が気に入らないみたいね?」
「別に嫌いじゃあないさ、私が蘇ったのもこいつのお陰だ、しかし調べても調べても正体が掴めないのが可愛くない」
女はクスクスと笑う。可愛くない、とは珍しい表現だ。
「体調は随分改善されたようね?」
「まあ、な、この体の使い方にも随分慣れた……一時期は食費を掛けて済まなかった」
「いいのよ、お陰で新しい事実が判明したもの」
「新しい事実?」
女はにっこり笑って言う。
「ゾンビになる女性とリッチになる女性の差……もとい、リッチになる条件」
「ほう、それは?」
「知識欲、強烈な、ね」
香苗が一週間のリハビリを終え、健常者と同じように行動できるようになってからはある程度の自由が許された。
そこで香苗が行った事は知識の吸収だった。
自分の体について、自分の身に起こった事について、魔物という存在について、この世界と違うもう一つの世界について、魔力について、魔法について……。
資料室に籠り、文献や図鑑、その他ありとあらゆる書物を貪るように読み漁った。
その折に香苗は頻繁に食料を、特に「甘い物」を大量に要求した。
アンデッドであるリッチは基本飲まず食わずでも問題ないのだが、この時香苗は猛烈な勢いで脳を回転させていた。
脳は人間の体の器官の中で最も大食らいな器官だ、働かせると大量のブドウ糖を必要とする。
魔物にとっての最高の栄養である「精」はパートナーがいないのと、簡易の精補給食が口に合わなかったため、糖をエネルギー源にしたのだ……これに関しては単に香苗が極度の甘党だった事もある。
先程言っていた「食費」とはこの時の事だ。
何しろ一日にキロ単位の量の菓子類が消費されていったのだ。在庫分を食い潰してなお補充を待ち切れず、砂糖水まで飲んだりした。
飽和状態になる程に砂糖とガムシロップをぶち込んだ液体をジョッキで流し込みながら簡易で覚えた冷却魔法を駆使して脳を冷やし、(文字通り頭から煙を吹いていた)アンデッドであるのをいい事に寝食を忘れて知識を貪る姿は鬼気迫るものさえ感じさせた。
「魔力が意思に感応するのは知ってるわよね?」
「私の知識欲に感応して変化させたと言う事か……と言う事は、蘇生によってワイトやグールに変質するケースもありうるのか」
「今の所リッチになったのは貴方が第一号、グールに変わったケースは時折見かけるわ、ワイトは無いわね……」
「光栄な事だ」
二人はどちらからともなく席を立ち、資料室を出た。
部屋を出ると非常灯の青い光に照らされるリノリウムの白い廊下に出た、一見して病院の廊
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