「坊や〜よい子だねんねしな♪」
「……」
「い〜まも昔もかわりなく〜♪」
「……」
「ふ〜んふーんふーんふーんふーんふーんふーんふふふふふ〜ん」
「そっからわからんかい……」
「いやあ、嬉しいよ辰っつぁん、長年の夢が叶った」
「絶対嘘ばい」
拓馬は風を一身に受けながら上機嫌だ。そんな拓馬を見て辰も「重か」などと愚痴りつつも満更でない様子だ。
眼下に広がるのは拓馬の家、いつも二人が行く海岸、そこから道路で繋がる「ツギ屋」から商店街まで全てが一望できる。
そう、拓馬は辰の背にしがみついて空を飛んでいるのだった。
相当な高度なので本来なら生身で上がると気圧やら空気やら色々大変なのだろうが、そこは辰の魔力だか術だかの都合のいい力で快適に保つ事ができるらしい。
辰の正体を知った後、空を飛べるのだと知った時に真っ先に思い浮かんだ事がこれだった。
人一人を支えて飛ぶ事が出来るかどうかだけが懸念だったが、辰は拓馬一人の重さを屁とも思わず飛んでいる様子だ。
「着水しようぜ着水!」
「またかぁ?」
「いいからいいからレッツゴーだほれ」
「ほいほい」
「着水」をするのはもう五回目なのだが、拓馬の子供のように輝く目を見て辰は苦笑を浮かべてすっと頭を下げる。
風を受ける凧のように空を泳いでいた辰の身体が海に向けて急角度を描く、重力が失せ、全身の血が浮き上がる。風がびりびりと肌を撫で、髪の毛が逆立つ。
「うひょおおおおおおおタマヒュン!」
「喋ると舌ば噛むぞぉ!」
勢いを保ったまま辰は海面に一気に突っ込んだ。
大きな水柱が上がり、二人は空の世界から水の世界に突入する、白い泡を抜けると魚の群れが一斉に道を開ける。視界の下を珊瑚礁が走り抜ける。
空を飛ぶなら飛行機で出来る、水中を行くなら潜水服で出来る、しかし何の器材も身に付けずに空中散歩から潜水にダイレクトに移行するなんて経験は出来るものではないだろう。
「いよぉーーーーーはっはっはっはぁーーーーー!」
拓馬は歓声を上げる、何回やっても飽きない。ちなみに水中でも喋れる事に気付いたのは三回目の着水の時だ、どういう原理なんだかは全然わからないが。
そうしてひとしきり海中を疾走した後、また水面に見える太陽に向けて頭を上げる。
海面を突き破り、水しぶきを纏ってまた空に昇る。
「いやあ、癖になる」
「おれはそろそろ疲れてきたばい」
「じゃあ、降りるか、ありがとうよ辰っつぁん」
「まあ、これくらいお安い御用ばい」
そう言って、辰は速度を緩めて高度を下げて行く。
「くまの子みていたかくれんぼ♪お尻を出した子いっとうしょう♪」
「それ、龍ば関係なかと」
「セットで思い出すんだよ」
・
・
・
「おう」
「ん」
拓馬は辰からの手酌を受ける。
家に帰った二人はちゃぶ台を挟んで杯を交わしていた。
ちゃぶ台の上には焼いた魚や茹でてあく抜きをした山菜、網で焼いたサザエやはまぐりなどが並べられている。
殆どは二人が手で採ったり獲ったりしたものだ。
きゅうっと猪口を傾けて辰はうまそうに目を細める、拓馬もならって傾けるとしつこくない米の甘味と同時にさらりとした熱さが喉を滑り降りた。
うまい。
あの出来事から一週が経過した。
辰の正体を知った拓馬はその日のうちに両親にその事を報告し、この村に留まる旨を伝えた。
それはつまり、辰の正体を知った上で結婚を前提としたお付き合いをするという事だ。
両親含めた村の人々は特に驚くでもなくその報告を受け入れた。両親曰く時間の問題だろうと思っていたそうだ。
しかしそんな風に二人の関係が変化した後も付き合い方が変わったかと言うとそうでもなく、やはり二人は昔から変わらない友達のような関係でありつづけていた。
変わった事といえば、同棲を始めた事だ。
報告を聞いた村の人々は二人の為に一軒の空き家を用意してくれたのだ。
拓馬はそこまでしてもらっては、と遠慮しようとしたが龍神様の伴侶が決まったらそういう風にする決まりらしい。
よって今二人が酒盛りをしている家は二人だけが住む家だ。
龍神の住む家といっても少しばかり敷地が大きい以外は他の家とそう大きな違いがある訳ではなく、昔ながらの日本家屋だ。
「うまかぁ」
「いい酒だなぁ、何てやつ?」
「特に銘はなか、この村で作られとうもんばい」
確かに酒の入った瓶には何のラベルも貼られていない。
「特産品にしようぜこれ、売れるぞ」
「そげんやがらさんに作れんとね、それに本当にいいもんば……へへ、秘密ばしときたいとね」
「意地汚ねぇ神様だなおい」
辰は素知らぬ顔で空になった猪口をまた透明な液体で満たすと口を付ける。
「なあ」
「おい?」
「ここは広いんだからもっとくつろいだらどうよ」
「……ん」
辰はかちゃ、と履いているズボンのベルトを外す。
「ばっ、待て、急に脱ぐなって」
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