ぴちょん、ぴちょん
どこからか水音が聞こえる、水滴の滴る音だ、音の反響から空間の広がりを感じる。
バラダは目を開いた。
「あー……あだだだだだ」
身体を起こそうとしたとたんに頭に鈍痛が走る、平衡感覚が保てずに目の前がぐらぐらと揺れる。
「かぁ……ま、ドラゴンにどつかれてこれで済んだら恩の字やな……」
ひとりごちながら頭を振って身を起こす、地面にめり込む勢いで殴られてそれで済むのだから呆れた耐久力と言える。
てっきり殴り倒された場所に放置されているものかと思いきや違う場所らしい、洞窟の中であることは変わらないが。
ふと自分が柔らかい物の上に寝かされていた事に気付く。
見てみると体の下には毛布が敷かれていた、ふかふかとした手触りのそれはかなり上等な物らしくバラダが普段泊まっている安宿のベッドよりも余程寝心地がいいくらいだ。
「なんやこら……」
色々な意味を込めてバラダは呟く、どうしてこんな高級な物が洞窟の中にあるのか、状況から見るとドラゴンが自分をこうして寝かしつけたらしいがその理由もわからない、食い殺されていてもおかしくない状況だったはずだ。
ひょっとして姿が変わった影響で人間を食う事ができなくなったのだろうか?
とりあえず状況の把握を始める、鎧などの装備品はあらかた取り外されて身に付けているのはインナーに着ていた服のみになっている。
頭は痛むが他に大きな怪我は無い様子だ。
周囲を見回してみるとどうやら出口に繋がっていそうな道があるが、その先は怪物の口のように真っ暗で外の光は一切届いていない。どうやらここは今まで来たことのないような洞窟の深部らしい。
「うおっ」
奥の方に目を向けてバラダは思わず声を上げた、空間は奥に行くにつれてさらに広がりを増しており、そこに地下水が溜まって地底湖となっていた。地上でも見かけない規模の湖だ。
ドラゴンがいるため洞窟の詳しい構造は誰も知らなかったがここまで規模の大きいものだとは想像がつかなかった。
バラダはしばし自然の作り出した壮大な景色をぼんやりと眺めていたが、次第に自分の置かれている状況が身に染みいるように思い起こされてきた。
「負けたなあ……にしてもほんまに」
バラダはドラゴンの変貌した姿を思い返した。
「ええ乳しとった……」
最後の方の記憶を思い出し、夢見心地の表情になるバラダ。
「何を薄気味悪い顔をしておるのだ」
「……ぬ」
一際大きな鍾乳石の一つにドラゴンが腰かけてバラダを見下ろしていた、バラダは身構える。
「負けるのは毎度の事だが、今回は特に無様だったな?」
「じゃかあしいわい!あんなん認めんぞ!それに毎回負けとる訳と違うわ!戦略的撤退や!」
「人間は尻尾を巻いて逃げる事をそう言って誤魔化すらしいな?」
「最後に勝ったら勝ちなんじゃい!」
バラダがこのドラゴンに挑んだ回数は二桁を超える、その度に勝機が無いとみるやバラダは見事な手際で逃走しているのだ。
それが敗走であるのか次のための撤退であるのかは二人の間では毎回意見が分かれる所だ。
「まあ、今までのが撤退だろうと何だろうと構わんさ、今回は完全に言い逃れ出来ん敗北を喫した訳だからな」
バラダはぎりりと歯噛みする、ドラゴンの前で完全に意識を失い、生殺与奪の権利を奪われたのは確かな事実だ。
「去るがいい、敗者よ」
ドラゴンは酷薄な表情でひらひらと虫を払うようなジェスチャーをする。
「……生かして帰す気か」
「貴様とのお遊戯も退屈凌ぎにはなるからな、生かしておいてやる、屈辱か?なら次はもう少しマシになってくるんだな」
「おお!ええわい!今日俺を無事に帰した事を後悔さしたるからな!」
「ハイハイ」
肩を竦めるドラゴンを一睨みするとバラダは外に繋がる道を……行こうとして慌てて振り向いた。
「言い忘れとった!俺の鎧はどないしたんや!?」
「これか」
ドラゴンはひょいと傍に置いていたバラダの兜を掲げてみせる。他の装備一式もドラゴンの背後に置かれているようだ。
「これは戦利品としていただいておこう」
「ちょ、待ちーや!?それは長年の俺の相棒……!っていうかそれがないと装備揃える金が……!」
「知らん」
「きいー!泥棒ー!人でなしぃー!」
「ドラゴンだ」
喚きながらバラダは足元の石をドラゴンにぽいぽい投げ付ける、ドラゴンはバラダの兜でカンカンと弾く。
「覚えとけやぁー!お前のかーちゃんでーべそ!」
子供のような捨て台詞を散々吐いてバラダは洞窟の外への道を走り去って行った。
「やれやれ……相変わらず騒がしい男だ、まあ、勘を取り戻すにはいい運動だった」
バラダが去った後ドラゴンは溜息をつく、そして手元に残ったバラダの鎧を改めて観察する。
長年の相棒というだけあってその鎧はかなり使い込まれた様子が伺えた、よくよく見てみると細かな傷がそこらじゅうに
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