薄っすらと目を開くと薄暗い洞窟の天井が目に入り、澄んだ冷涼な空気を肌に感じる。何千何万と繰り返してきた眠りからの目覚め、いつもと変わらない感覚だった。
ドラゴンはその巨躯を天井にぶつけないようにのっそりと首を持ち上げた。
「……?」
最初に違和感を感じたのはその時だった、天井がいつもより遠いように感じる、身を屈めなくとも頭がつっかえない。
「ううむ……」
まだ寝ぼけているのかと何度か頭を振ってみるが奇妙な違和感は拭い去れない。
ふと自分の手が目に入る、鱗に覆われ、鋭い爪を備えた強靭そうな手。その手もいつもと変わらないように見えてどこか違う。
「……」
しばし自分の手をじっと眺めてみて気付いた、サイズだ、背景になっている景色と比べて明らかに小さい。
そこで初めて自分の体を見下ろし、ようやく気付いた。サイズだけではない、何もかもが変わってしまっている。
一言で言うならばまるで人間のような姿に自分は変貌していた、かといって完全に人間と同じではなく所々に以前の名残を残すように鱗、爪、翼、尻尾が備わっている。
手足の末端以外、胴体から頭部にかけては人間のものになっている、足元を見るのが難儀なほどに大きく突き出した乳房と股間の感覚によるとどうやら雌のようだ。
気の遠くなる年月を生きてきた自分の記憶の中にもこんな珍妙な生き物は見たことも聞いたこともない。
ドラゴンはいつもの癖で立派に生えた顎鬚をごつい手で擦ろうとしたが、手に触れる感覚は産毛の一本も感じないつるりとした顎の輪郭だ。
「むむ……」
その慣れない感覚にまたドラゴンは眉をひそめる。
ふいと思い立ったドラゴンは立ち上がって洞窟の奥に歩いて行った。
広い、この洞窟はなんと広いのか、そしてこの体はなんと軽いのか、そんな感慨を覚えながら洞窟の奥に辿り着くとそこには大きな地底湖が広がっていた。
ドラゴンは鉱石の影響でうすぼんやりと青く光るその水面を覗き込んで見る。
釣り気味の目をした気の強そうな美貌が映る、人間の男が見たなら誰もが見惚れるような美しい顔立ちだった。
もっともドラゴンである彼女には人間の醜美の感覚などわからないのでただ「人間の雌の顔だ」としか認識しなかったが……。
ドラゴンは身を乗り出して水面に自分の体を映し、角度を変えてまじまじと観察する。
一通り見終わると湖のほとりにどっかと座り込み、またいつもの癖で何も生えていない顎を擦りながら地面を眺め始める。
そのまま長い長い時間が過ぎた。悠久の時を生きるドラゴンは人間のように日一日をあくせく生きたりはしない、その気になれば何か月も飲まず食わず寝ずで過ごすことも出来る。
そうやってほぼ一日の間地面を眺めて過ごしたドラゴンは日が暮れる頃にようやく立ち上がると、次に準備体操のような動きをし始めた。
自分の新しい体がどう動くのか、関節はどのくらいの範囲を可動するのか、力はどのくらい出るのか。
一通り試した後、大きく息を吸うと力を込めて思いきり吐き出した。
その口から白い炎が迸り、薄暗かった洞窟内が一瞬ぱあっと明るく照らされる。
一瞬の明るさの後すぐに暗闇が戻り、後には焦げ臭い匂いが漂う、ドラゴンの目の前の鉱石には舐めたように黒く変色した跡が残った。
炎が吐ける事を確認すると次にドラゴンは翼を羽ばたかせ、洞窟内の空間を飛び回り始めた。
以前の巨体ならば不可能な事だったが人間サイズに縮んだその体ならば飛行能力を試せるくらいに洞窟内は広かった。
そうして自分の体を調べ終わったドラゴンは湖のほとりに座り込むとまた丸一日地面を眺めて過ごした。
今の現状をきちんと理解して受け入れるのにそれだけの時間を要した。
変化の朝から三日程が経過した頃、ドラゴンはその姿になって初めて言葉を発した。
「うーん……そういう事もあるか……」
そう言って、また何も生えていない顎を擦った。
悩ましい顔でその言葉を自分に馴染ませるように何度か頷いた後、何かを思い出したような顔になった。
「そう言えば今日は……今日だったか?」
呟いたそばから耳の形は変わっても鋭さは変わらない聴覚が洞窟の入り口付近から響いて来る人間の足音を捉える。
「今日だったか……困ったな」
言いながらよっこらしょと腰を上げて尻をぽんぽんと叩く。
「体が軽いのは立ち上がるのが楽だな……うむ」
そんな事を言いながら足音の元へと歩みを進めた。
その洞窟は「虎の顎」と呼ばれていた、入口付近で大小の鍾乳石が上下から伸びている様が獣の口のように見える事からそう呼ばれるようになった。
麓の人々が決して近付かないようにしているのは高度の高い山頂付近という危険な場所にあるからではない、ドラゴンが住み付いているからだ。
そんな洞窟の入口に一人の騎士が立っていた。
通常、このように大気が薄くなる程高度が高い場所に登るの
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