教団の兵士

夜闇に灯る都市の明かりが視界に入った所で隊長が手を挙げ、進軍が止まった。
(気付かれた)
前衛部隊の一人トーマス・アレウィンは思った、報告を聞くまでも無く全員が悟った。
魔力の扱いに長けた魔物達相手にここまで存在を覚られずに接近できただけでも恩の字と言うところだろう。
トーマスの全身に一気に緊張が漲った、とうとう、とうとうだ。
入隊してからの辛い訓練の日々、その成果を発揮する時がいよいよ間近に迫っている。
匂いや気配を魔法で隠しながらの行軍は大人数では出来ない為部隊は小規模な編成だ、自分に出番が回ってこないと言う事は無いだろう。
トーマスは背後に控える魔導部隊に気を取られないように意識しなければならなかった。
行軍中随時魔法を行使し続けた魔導師達は都市に到達した時点でかなり疲労している。
一応、護衛役の部隊が囲うように配置されているが本格的に攻め込まれたらものの数分も持ちはしないだろう。
よって彼女達を守る為には前衛である自分達が踏ん張らなければならない。
(守るぞ……君だけは……カレリ……!)
教団の兵としては良くない事かもしれない、しかし力になるのならばあえて思いを抑える必要はないだろう。
トーマスは魔導師達の部隊に配属されている同期の幼馴染の事を思い、剣と楯を握る手に力を込めた。
都市の入り口にはまだ距離がある、しかし矢が届く範囲ではある。
問答無用で射かけてくる事はないであろうが、念の為盾を準備させ、魔道部隊は後方に退かせた。
その布陣が丁度終わった時、都市の門から二つの明かりが進み出て来た、遠目でどんな人物かはわからないが松明を掲げた人のようだ。
(……二人?)
兵達は訝しく思った、これだけの集団で明らかに武装しているというのに二人だけで出て来るとは。
「気を抜くな!」
部隊長からの声が聞こえた、そうだ、相手は魔物だ、人間と同じ尺度で考えてはいけない。
近付いて来るにつれ松明を手に歩いて来る二人の人影の姿が徐々に鮮明に見えて来た。
「……っ」
トーマスは息を飲んだ、魔物だ、これが、魔物。
一人は子供程の背丈の少女だったがその頭部に生える角から魔物である事が分かる、何より片手で軽々しく抱えている棍棒は大の大人でも持ち上げられるかという代物で明らかに体格と不釣り合いな力を有している事が伺える。
もう一人は騎士の姿をした女だった、地面に届きそうな金の髪から覗くのは長く尖った耳、どうやらエルフらしい。
しかしトーマスが息を飲んだのはその姿に恐れを感じたからではなく、その余りの美しさに目を奪われてしまったからだ。
思わず抱きしめたくなるような愛嬌のある少女の姿、その小柄なシルエットからは男の劣情を誘う大きな膨らみが突き出ている。
エルフの女の方はトーマスが今まで見たどんな女よりも整った顔立ちをしていた、エルフは美しい容姿をしているとは聞いていたが実物を目の前にすると自分の想像が稚拙に思える。
人間は美しい物や可愛い物には無条件で降伏してしまう所がある、教団の兵士達は初めて目にした魔物の姿に目を奪われて茫然自失といった状態に陥っていた。
「我らは栄えある主神の僕である!」
その空気を打ち破ったのは隊長の声だった、緊迫感に溢れたその声は訓練を思い出させ、呆けた顔をしていた兵士達は瞬時に表情を引き締める。
「魔物に告ぐ!ただちに都市を解放し、撤退せよ!さもなくば主神の怒りが下るであろう!」
そう、そうだ、これこそが魔物達の恐ろしさなのだ、トーマスは隊長の檄で目を覚まされた思いだった、この美しさが魔物の恐ろしさの一因なのだ。
都市の人々もこの美しさに誑かされ、魔道に引き込まれているのだ、目を覚まさせるのだ、自分達が救うのだ。
「……我々はあなた方に敵対する意思を持ちません」
エルフの騎士が口を開いた、抑揚のない声だったが澄んだ清流のようなその美声はよく耳に届く。
「どうか、退いてはもらえないでしょうか」
淡々とした口調で言った、こちらの言葉を聞いていたとは思えない台詞だ。
ガァン、と金属質な音が夜空に響いた、隊長が盾と剣の柄を打ち合わせて音を鳴らしたのだ。
前衛の騎士達も続いて一斉に盾を打ち鳴らす。
「我らは主神の剣なり!」
隊長の声が響く。
騎士達の声が続く。
「「「「我らは主神の剣なり!」」」」
「我らは退かぬ者なり!」
「「「「我らは退かぬ者なり!」」」」
「我らは魔を断ずる者なり!」
「「「「我らは魔を断ずる者なり!」」」」
トーマスは感じていた、一声上げる度に萎んでいた士気が上がっていく。
ある種の集団心理を利用した士気高揚方法だ、合わせて声を上げる事で闘争心を煽り、一体感を感じさせる。
人間は集団になれば一人では出来ない事も出来るようになる、そう、目の前の美しい女二人を手に掛ける、という普段ならばブレーキが掛ってしまうよう
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