愛虫

セヴィはどうにかして頭を働かせようとしていた、しかし元々あまり回転が速いとは言い難い頭は想定外の事態についていけず思考停止状態に追いやられている。
まさに空いた口が塞がらない、という状態を体現しているセヴィを前にコーイは俯いてぼそぼそと告白を続ける。
「・・・客として、宿に泊まりに行った時・・・セヴィさんを見て、一目・・・惚れ、しました」
「・・・??エ・・・?」
セヴィはまだ開いた口を閉じられない。
一目惚れ、と言う事は一目見られたと言う事だ、しかし極力人目を避けて生活して来たセヴィに心当たりは無い、そのあたりの心情を察したのかコーイは説明を付け加える。
「食堂で寝てた奴、覚えて無いですか」
「・・・ショクドウ・・・?」
「・・・そりゃあ、覚えてないですよね」




食事時が終わった食堂には人影はなく、がらんとしてた、その隅にある長椅子の上にコーイは寝そべっていた、夕食と共に煽った安酒が想像以上に回ったのだ、普段ならばどうと言う事ない酒量だったのだが宿に辿り着くまでの長旅による疲労が響いたらしい。
部屋に戻るのが億劫になったコーイは人がいないのをいい事にそこで寝てしまう事にした、どうせ部屋には盗られて困る物など無い、また、長年の習慣で寝ている間も一定範囲内に人が近付けば必ず目が覚める、寝ている間に手荷物を盗られると言う事もまず無い。
朝までこうしていればおかみさんに叩き起こされるだろうが手荒いモーニングコールだとでも思えばいい。
そう思ってまどろんでいると食堂に誰かが足を踏み入れる気配を感じた、おかみさんとは違う、足音でわかる。
他の客かもしれない、と半覚醒状態で思った。
足音はコーイの寝ている長椅子の側に近寄ると立ち止まった、コーイはその気配が怪しい動きをしないか、眠りながらも神経を尖らせる。
暫く止まっていた足音はやがて遠ざかって行った、気を抜きかけた所で、また同じ足音が戻って来るのが聞こえた、そうして今度は先程よりも近くに寄って来る。
コーイはゆっくりと拳に力を込め始める、もし、椅子の下に置いてある荷物に足音の主が手を伸ばす気配を感じたならすぐに首根っこを掴めるように。
ふわっ
「・・・?」
しかし、警戒していたコーイは何か柔らかい物が自分の上に被せられるのを感じた、シーツか何からしい。
その足音の主はコーイにシーツを掛けた後、食堂の中をうろうろと動き回りはじめる、どうやら掃除をしているらしい。
コーイはその足音の主に何となく興味を引かれた、無防備に寝ている人間を前にしてそんな行動を取る人間などコーイの荒んだ記憶の中にはいない。
不意にその足音がまたコーイの側に近付いて来た、別に起きてもいいのだが何となく狸寝入りを続けるコーイ。
「・・・」
足音の主はコーイを前にして何か考えている様子だったが、暫くしてまたコーイから離れる。
コーイはそっと目を開けて足音の方を見る。
地味な色使いのメイド服を着た少女の後ろ姿が目に映った。
腕の部分は長い袖で隠されており、下半身は裾の長いスカートで覆われていて見えないが、その頭部に揺れる二本の触覚を見るに人間ではないらしい。
「・・・?」
視線を感じたのか少女は振り返る、コーイは目を閉じる。
暫しの沈黙の後足音は遠ざかって行った、コーイは顔が見れなかったな、と思った。
(・・・見れなかった?)
コーイは自分の思考に疑念を抱いた、見れなかったからどうだというのだろう、まるで見れなくて残念だとでも言うような・・・。
コーイは身を起こそうとする、しかし食堂の外の廊下からまたあの足音が戻って来るのが聞こえて来たのでコーイはまた寝た振りをする、何やら子供の遊びのようだ。
しかし今度の足音は少しおぼつかない、何か大きな物を抱えているようだ、そのままコーイに近付いて来る。
ふかっ
「?」
シーツの上から温かく柔らかな物が掛けられる、毛布の様だ、昼間に干してあったのか太陽の匂いがする、どうやらシーツだけでは寒そうだと思ったらしい、少女は毛布をぽんぽんと叩いて整えると食堂の掃除に戻った。
コーイは薄眼を開けて少女の方を伺った、テーブルを拭いている後姿が目に入る。
「・・・ヒのヒ、ツキのヒ、アメのヒも・・・」
不意に歌声が聞こえた、周囲が静かでなければ耳に届かなかったであろう小さな小さな声だ。
「ワタシのヒトミにウツるのは・・・」
ようやく、少女の顔が視界に入った、長い前髪に隠れて良く見えないが幼い印象を受ける顔立ちに見える、しかし何故かコーイはその表情に母親を連想した、酷い別れ方をしたが優しかった母を。
「アナタだけ・・・♪」
静かな中でも耳を澄まさなければ聞こえないような小さな歌声が続く、コーイは目を閉じて耳を澄まし続けた、歌ってもらった事は無いが子守唄というのはきっとこういう物なのだろう。
やがてコ
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