冷たく、カビ臭い空気が漂う倉庫内でコーイに突き付けられたナイフは鈍い輝きを放っていた、その輝きをセヴィは胸が潰れる思いで見ていた。
どうして自分は「助けて」なんて言ってしまったんだろう、コーイの身の安全を考えるなら「逃げて」と言うべきだったのに、いや、そもそも自分が捕まったりしなければコーイをこんな窮地に追い込む事にもならなかったのに。
「ウッ・・・ゴメ・・・な・・・さ・・・」
罪悪感からまた涙をこぼしてしまうセヴィにコーイは視線を移した、目の前にナイフを突き付ける相手がいるにも関わらず。
それがナイフを持った相手・・・ティートの気に障ったようだった、その顔に浮かんでいた笑みを僅かに歪める。
「・・・えらく余裕なんだね?自分の命運握ってる相手に偉そうに啖呵切ったって状況理解してる?それとも出来ない?」
「・・・一つ、聞くぞ」
セヴィの方に視線を向けたままコーイはぼそりと言う。
「あ?」
「お前の」
コーイが何か言い切る前に物凄い音が倉庫内に響いた、何か爆竹でも破裂したような炸裂音だった、その音に合わせてティートの頭がピンボールのように弾かれ、体がぐにゃりと折り畳まれるように地面に座り込むのを男達は見た。
コーイが何の予備動作も無くいきなりティートの顔面を殴ったのだ、まさしくいきなりだった、完全に不意打ちだった、何しろ視線は別の方を向いており、自分から喋り始めた瞬間なのだ。
座り込んだティートの上半身はゆらりゆらりと揺れた後、下半身が正座した状態のまま仰向けに地面にべたん、と投げ出された、白目を剥いた顔には薄笑いが張り付いたままだ、恐らく倉庫内に響いた音が耳に届く間もなく意識が消失したのだろう、その顔の左半分がみるみる青紫に腫れあがり、口の端からぶくぶくと血の混じった泡がこぼれ始める。
男達の表情は一気に険しくなり、場の空気が張り詰めるがコーイは相変わらず覇気の無い表情をしている、その様は今しがた人一人を殴り倒したとは思えない。
そして奇妙な体勢で崩れ落ちているティートの上を道端のゴミを避けるように跨ぎ、男達の方にのそのそと近付いて来る、視線はまたあらぬ方向に向けられており、男達の方を見ようともしない。
不意にコーイに近い位置にいた一人の男がコーイに突っ込んで行った、姿勢を低くしてコーイの腰付近に頭からぶつかって行く、とにかく組み付いて動きを封じようという考えのようだった、もしくはそのまま押し倒してしまえば袋叩きにできる。
どすん、とコーイの腰にしがみつく形で男はコーイにぶつかった、そして胴体を抱えて持ち上げようと・・・持ち上がらない。
ずんぐりとした体形のその男はいかにも頑強そうで傍目から見てもコーイの方が体重が軽く、容易く投げ倒されそうに見える、しかしコーイは根が生えたように動かない。
男は感じていた、自分の抱きついている相手の身体の内に籠っている見掛けからは想像もしなかった巨大な力を、何か大型の獣と取っ組みあっているような感覚だった。
そして気付く、自分の首を抱え込んでいる腕に徐々に力が籠り、締め上げ始めている事に。
そんな力の動きは傍目からは解らない、男達は怪訝な顔をする、どうしてあの男はコーイに組み付いた後投げもせずにばたばたともがいているのか。
「このっ」
異変を感じた男の一人がコーイに躍りかかり、抱えられている男越しに顔を殴りつけようとする、コーイは男の拳を空いている方の掌で受け止める。
男は受け止められた拳を引こうとする、引けない。
「いっ・・・!野郎、放せっ・・・!」
男はもう片方の拳でコーイの肩や脇腹を何度も殴りつけるがコーイは瞬き一つしない。
「いでででででっ!放しやがれいででででいだだだだだだだああ!!」
そのうち男の声は尋常でない悲鳴に変わり始めた、恥も外見も無く全身を揺さぶってコーイの手から拳を外そうとする、しかし腕が僅かに揺れるだけで拳を握る手はまるで動かない、何かの機械に手を挟まれたかのようだった。
コーイはおもむろに男の頭を抱え込んでいた方の手を放した、腰にしがみついていた男はそのままコーイの足にずりずりと頬を擦り付けるように崩れ落ち、丸太のように地面にごろんと転がってビクビクと痙攣し始める、脇に抱え込むだけの力で締め落とされてしまったのだ。
コーイは自由になった手をぬうっと振り上げる。
「ひぃぃっぃぃぃぃっ」
拳を掴まれている男は悲鳴を上げて逃げ出そうとする、この怪力で殴られたら本当に死んでしまうと思ったからだ、しかし相変わらずコーイの手は万力のように男の手を捕まえて放さない。
倉庫内に二度目の炸裂音が鳴り響いた、男の首が捩じ切れんばかりに仰け反り、掴まれていた腕がびぃんと伸びる。
ようやくコーイが手を解放してやると男は人形のようにぐにゃりと崩れ落ちる、その顔は最初にやられたティートと同じよう
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