「ようコンラッド、腕試しをしようぜ」
訓練所で声を掛けられ、コンラッドは素振りを中断して振り向いた、視線の先にいたのは同期の中でも粗暴なことで有名な男だった。
「俺でよければ」
訓練所の中央で二人は対峙する、訓練所の中で訓練生同士が練習試合をすることなど珍しい事でもないが、片方がコンラッドである事がわかると周囲の目線が集まった、
それは好奇であったり嘲笑であったりしたが、いずれにしろコンラッドに対する呆れを含んだものだった。
「さぁて行くぜぇー」
男は嫌な笑みを浮かべると練習用の木刀で打ちかかってきた、
その太刀筋は決して洗練されているわけではない、そもそもこの男の実力は同期の中でも劣っている方だ、しかしコンラッドの方はそれを受けるのに精一杯といった様子だ、いくらも打ち合わないうちにコンラッドの木刀は手から弾き飛ばされてしまう。
「相変わらず弱ぇーなぁほんとに」
「ありがとうございました」
笑いながら一礼もせずに去る相手の背にコンラッドは礼儀正しく頭を下げた、
憂さ晴らしのような試合だった、その男はその試合の直前に自分より格上の相手に挑み、こてんぱんにやられた後だったのだ、この訓練所で囁かれていることだ、自信を無くした時にはコンラッドと試合をすればいい、彼になら必ず勝てるから調子が上がる。
「次は私と一試合願えますか」
立ち去ろうとした男の背に声が掛けられる、振り返った男はぎょっとした。
声を掛けたのは美しい少女だった、二つに結えた長い金の髪を揺らし、木刀を手にぴんと背筋を伸ばし、蒼い光を放つ瞳で男を見ている、気の強そうな顔立ちも相まって凛とした空気を纏っているが背筋を伸ばしているため練習着を押し上げる二つの豊かな膨らみが強調されて見える。
「い、いや少し、疲れちまってな、遠慮しとくわ」
「そうですか?彼と試合をしている時は随分威勢がいいように見えましたが」
「それはその・・・と、とにかく相手探すなら他を当たってくれ」
男はそそくさとその場を離れた。
相手をしたくないのも当然だ、その少女―ソラン・ストーサーの優秀さは学園の内外に知れ渡っている、講師も舌を巻く聡明さと師範を驚かせる武術的才能、加えて精霊との親和性も高く、すでに卒業後の彼女の就任先をめぐって教団の軍部内で激しいスカウト合戦が繰り広げられているという噂だ。
ソランは男の背に冷ややかな一瞥をくれた後、コンラッドに向き直った。
「ああいった申し出は断りたければ断って構わないと思いますが」
「別に断る理由はないです」
「ですが彼は・・・」
それ以上踏み込んで言うとコンラッドに対して失礼な物言いになってしまう事に気付き、ソランは途中で言葉を飲み込んだ。
コンラッドは軽く会釈をし、立ち去った。
その日の訓練と教義の時間が終わり、夕方の自由時間が訪れた。
生徒達は仲のいい者同士でスポーツやゲームに興じたり一人の時間を楽しんだり、
各々好きに時間を使う。
スポーツに使う運動場は訓練所とは別に設置されているのでこの時間帯の訓練所は基本的に無人である、その訓練所にコンラッドは居た。
コンラッドは地面に落ちている石を粗方拾い集めるとレーキを使って地面を丹念に平らに慣らしていく、隅々まで地面が整備されると次は練習用の道具の整備に取り掛かった、防具の留め具の緩みを締め直したり木刀の握りを確認したりし始める。
本来は月に一度の一斉点検以外に備品の整備は行われていないが、彼はほぼ毎日のように点検、整備を誰に言われるでもなく行っていた、それによって備品の故障や設備の不備によって起こっていた事故による怪我人の数は減少しているのだが、その事を知る者は学園には殆どいない。
薄暗い用具室の中で黙々と作業を続けるコンラッドの視界の端にふと人影が映る、入口にソランが立っていた。
ソランは周囲を見回し、彼以外に人影が見えないのを確認し、彼のそばまで歩いてくると、座り込んで作業をする彼の隣にそっと腰を下ろした。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶を交わした後、ソランははにかむように少し笑った、その笑顔を見てコンラッドは何かを誤魔化すように頭を掻いた。
ソランはコンラッドの傍に山にして置かれている篭手を一つ取り上げると彼と同じように整備を始めた。
「その・・・俺がやりますよ」
「整備の練習をしてるんです」
「ソランさん整備の仕方なんて熟知してるじゃないですか」
「自由時間に何をしても個人の自由じゃないですか?」
「しかし・・・」
「それより聞きたい事があります」
「は、はい?」
ソランは手元に落としていた視線を一瞬コンラッドに向け、また落とした。
「悔しくはないんですか」
その一言で昼の訓練での事だと分かった。
「勿論悔しいですよ、これでも男ですから」
「だけど真剣に勝とうとしていないですね?」
コンラッド
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