そこは繁華街の一画にある一軒の喫茶店だった、大通りに面していて見つけやすく、他よりも少しだけ割安なケーキセットが特徴と言えば特徴だが、人の話題に上るような店では無かった。
しかし今、町の風景の一部としてしか認識されていなかったその店は通行人からちょっとした注目を浴びていた。
原因は通りに面した窓際に座る女性だった。
テーブルに片肘を突いて通りを眺めているその女性は誰もが思わず注目せざるを得ない個性と美貌を有していた。
暇そうにガラス張りの窓を眺めるその顔はシャープな輪郭と釣り気味の目元も相まってどこかしら野性味のある印象を与える、薄っすらと小麦色に色付いた肌に背中までラフに伸ばされた黒髪、シャツにジーンズというボーイッシュな外観は決して女らしさを主張するものではない。
しかしその服装に包まれている肉体は露出が少ないにも関わらずこれでもかと女らしさを主張していた。
正対すると男女問わずどうしても目が引き寄せられてしまうシャツを押し上げる豊かな膨らみ、その下に続く砂時計のように括れた腰、スラリと長い手足。
しかしただ容姿が美しいだけでこうまで人の目を引き付ける事は無い、例え視界に入らずとも奇妙に視線が吸い寄せられるオーラの様なものをその女性は放っているのだった。
美しく、なおかつ人目を引く女性が人の多い町で一人でいると必然的に起きる事象がある、すなわち。
「ねぇねぇ、誰か待ってるの?」
「待ちぼうけ?」
ナンパである。
それなりに高い服とそれなりの容姿をした二人組の男が女性の座るテーブルの横に立った、隙あらば向かいに座ろうという姿勢だ。
女性は緩慢な動作で顔を二人組の方に向けるとにっこり笑った。
どうやら悪くない反応に二人の期待は高まる、しかし直後に放たれた女性の一言は二人の予想を超えていた。
「俺オカマだけどいい?」
永塚隆二(ながつかりゅうじ)はコーヒーを啜りながら頭の中で計算していた。
今まで声を掛けられた男達で・・・オカマ宣言で退散したのが20%、タマサオ付き宣言で退散したのがその中の40%、付き合ってる人がいる宣言で退散したのがその中の25%。
(・・・オカマで引かない奴が予想外に多いな、見た目良けりゃあんま関係ないもんかね)
そんな事を考えながらまた、窓の外に目を移す、ちなみにタマサオは付いていないが付き合っている人が居るのは本当だ、ただし今待ち合わせをしている人物はその付き合っている人ではない。
(時間にルーズだな・・・まぁ、俺は気にしない性格だからイイけど)
あふ、と欠伸をした時、喫茶店内に入口の開閉を伝えるベルが響いた、隆二は視線を向けてにやりと笑った。
入って来たのは黒ずくめの少女だった。黒一色のワンピースに隆二の黒髪よりもさらに暗い黒髪を肩の当たりまで伸ばしている。
その黒ずくめの髪と服の色とは対照的に病的な程に白い肌をした顔はまるで精巧に出来た人形のように整っている。
こちらの少女も隆二に負けない程に人目を引く容姿をしていた。
その少女は店内にいるもう一人の一目を引く女性の座るテーブルに近付いて行った。
隆二はひょいと手を上げて言った。
「よう」
少女もひょいと手を上げて答えた。
「よう」
それは一カ月程前の話だ、隆二は街角のゲームセンターに一人で来ていた、いつもならば出掛ける時には恋人である水瀬智樹(みなせともき)と一緒なのだが智樹の今期の単位が本格的に厳しい事になってきたので少し距離を置こうと言われたのだ、無論、文句はあるが原因は明らかに自分なので渋々承知したものの暇を持て余しての事だった。
そう規模の大きいゲームセンターではないが隆二の記憶にある限り自分が小学生くらいの時からずっとここにある年季の入った建物だ。
薄汚れた外装ではあるが昔から通い詰める常連などがおり、平日の昼間であってもいつもそこそこに人が入っている。
いつでも適度な喧騒と煙草の匂いが立ちこめているこの場所は隆二もお気に入りで、時折レバーを握りたくなった時には大体ここにやってきて対戦台に座るのだ。
腕前の方はと言うと、そこはそれ、万能型の天才であり、「勝負事は勝ってナンボ」がポリシーの隆二である、とりあえず地元の人間でまともに太刀打ちできる人間はいない。
その日も隆二は連勝の山を築き、背後にギャラリーの山を築いていた。
プレイをしていて背後にギャラリーが出来るのはいつもの事だが今回は殊更多い、なおかつギャラリーの中にはゲーム画面よりも隆二の後ろ姿に注目している者も多い。
当然と言えば当然かもしれない、隆二が「この姿」になってからここを訪れるのは初めてなのだ、元々若い女が一人で、というのでも珍しいのにその女が飛びきりの美人でしかもゲームもやたらうまい、となると人目も引こうというものだ。
最もここに限らず何処に居ても人目を引
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