「ええ?ヤダよ」

ピンポーン
水瀬智樹(みなせともき)の優雅な休日・・・もとい、大学生の暇人っぷりを余すところなく満喫する怠惰な休日を破ったのはそんなインターホンの音だった。
その音に目覚めさせられたようにパソコンの画面から目を離して時計を見上げてみると時刻は深夜2時、セールスマンが営業に精を出す時間帯ではない、そしてこんな非常識な時間に自分を訪ねる人物と言えば一人ぐらいしか思い当たらない。
その人物の事を思い浮かべ、そうでなければいいなぁと思いながらこのまま玄関に出なければそのまま立ち去ってくれるのではないかと淡い期待を抱いてパソコン画面に映し出される動画に目を戻す。
ピンポンピンポンピンポーーン
小学生みたいなインターホンの連打でもう完全にわかった、アイツで絶対間違いない、そして同時に無視を決め込む事は不可能だとも理解する、自分が出ない限りそいつは玄関前に居座って嫌がらせの如くインターホンを押し続けるだろう、しまいにはドアをピッキングか何かで破られるかもしれない、アイツならやりかねない。
智樹は深い溜息をつくとパソコンの電源を落とし、玄関に行って・・・念のためにドアの覗き穴から外を覗いてみる。
「・・・ん?」
覗き穴から目を離し、智樹はしばし思案する。が、結局ドアを解錠して開けた。
「うーっす」
「うーっすじゃねぇよ何だこんな時間に」
「ままま、いーじゃんいーじゃん」
そいつは・・・永塚隆二(ながつかりゅうじ)はへらへら笑いながら智樹の脇をすり抜けてずかずかと部屋に入り込む、あまつさえ勝手に冷蔵庫を開けて中身を物色し始めたりする。
「発泡酒かぁ・・・ビールない?ま、いいか」
「家宅侵入で通報したろか」
「かんぱーい」
「聞けよ」
渋い顔で文句を言う智樹を全く気にかけるそぶりも見せず、隆二は景気良くペシッと缶のプルタブを開けてぐいっと煽る。
「っかぁぁ〜〜〜〜やっぱ酒は日本のが一番だ」
智樹は深々と溜息をつくと諦めたように自分も冷蔵庫の前に行って発泡酒の缶を一つ取り出し、ついでに横の戸棚から焼き鳥の缶詰めと柿ピーの袋を取り出して和室に移動する。
隆二は早々に空になった手の中の缶をぐしゃっと握り潰すと、ついでのようにもう一缶冷蔵庫から取り出し、後ろ足で冷蔵庫を閉めて智樹の後ろをついていく。
二人は和室に置かれた小さなちゃぶ台の上に缶とつまみを置くと向かい合う形でどっかと座りこんだ。
「そいじゃ、俺の帰国を祝ってかんぱーい」
「さっきしたじゃねぇか、人んちので勝手に」
晴々しい笑顔で二本目を開ける隆二を睨んでぶつくさ言いながら智樹も自分の缶を開け、缶の三分の一ほどを一息に飲む、隆二は何が嬉しいのかずっとにやにやしている。


智樹が最も苦手とし、それいて腐れ縁が切れないこの永塚隆二という男は天才だった、何の、と言う訳ではない、全てにおいてだった。
天は二物を与えずという格言を全力で否定しにかかるこの男は勉学、スポーツ、芸術、容姿、とりあえず人が羨みそうなものを全てぶち込まれて生まれて来た。
しかしやはりそんな設計図には無理があったのだろう、彼には人として最も大事な物が備わっていなかった、いわゆる「モラル」という物がすっぽりと欠如しているのだ。
「今回どこ行ってたんだっけ」
「チベット」
「また妙な所に・・・」
「何を言う、あそこはいい所だぞ」
「お前に言わせたら紛争地帯でも「いい所」じゃねぇか」
彼は放浪癖がひどかった、しかも放浪の範囲が世界規模だ、そしていつも突然居なくなる、人との約束があろうと大事な予定が入っていようとお構いなしに失踪する。
それこそ「そうだ、チベットへ行こう」「そうだ、アラスカへ行こう」と京都並みの感覚でぶらっと出て行ってしまうのだ。
「面白かったのになぁ・・・お前にも見せてやりたかったよあの立派な寺院、辿り着くのに遭難しかけたけど」
「・・・逃げてよかった」
そう、一人で放浪するだけならいい、しかし彼はその放浪にやたらと智樹を巻き込みたがるのだ。
しかも智樹の意志をほぼ無視して強引に。
確かにそれで見聞は広がったし滅多にできないような経験もたくさんした、だが智樹はどちらかというと平穏を好む性格であり、エネルギッシュな隆二に振り回されてペースを乱されるのはとても疲れるのだ・・・それでも嫌いになりきれないのがこの男の最も厄介な所なのだが。
「俺の居ない間どうしてた?二ヶ月くらいだったか」
「別に・・・いつも通りだよ」
「いつも通り童貞死守してたか」
「よし、出ていけ」
「冗談冗談」
智樹にとっては笑いごとではない。
「今までチャンスなんかいくらでもあったろうになぁ、どうしてだろうな?智恵ちゃんとか美奈さんとか優ちゃんとか」
「もれなくお前に食われたからな」
「そうだっけ」
智樹の額にびきびきと青筋が浮き、手の中で缶がぺきぺきと
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