街には無料で運営されている公衆浴場がある。
親魔物領における浴場というと「そういう」場所は無論豊富にあるが、ここは純粋に入浴が目的だ。
なのでちゃんと浴槽は男女別に分かれている。
その浴場の入口には休憩所があり、飲料が販売されていたり火照った体を冷ます設備があったりする。
トエントは観葉植物の傍にあるベンチに座って体の火照りを冷ましていた。
衣服はこれもまた無料でレンタルできる簡素な浴衣のようなものを着ている。
元着ていた服や装備は泥まみれになってしまっているので、休憩所に併設されているクリーニング屋に預けた。
さっぱりしたトエントは艶やかな金の髪や高貴な顔立ち、それに似合わぬ鍛え抜かれた身体で少々周囲の視線を集めている。
と、女性用の浴場からディムが出て来た。
石鹸の匂いを漂わせるディムはトエントと同じく浴衣を着ており、風呂上がりの女性特有の目を奪われそうな色香を発している。
一瞬、目を奪われそうになったトエントが慌てて目を逸らす。
その目を逸らしたトエントを見てディムは少し気まずそうに胸元を直した。
そして、若干迷いを見せる。
トエントの隣のスペースを見た後、周囲を見回す。
離れた場所にいくらでも座る場所はある。
一瞬離れた場所に向かおうとするも、逡巡の末足を止め、トエントの方に近寄って来た。
「……」
「……」
互いに何か言葉を交わすでもなく、ディムはトエントの隣に腰を下ろす。
微妙に、距離が空いている。
恋人のように密着するでない、かといって他人のように大きく間を空けるでもない。
友人というのにもちょっと遠い。
そんな、微妙な位置に座った。
「……」
「……」
ディムは足元を見ながらまだ湿っている自分の髪を撫でる。
トエントは天井を見たり地面を見たりちらちらとディムの方を見たり視線が落ち着かない。
命のやり取りを交わした者の間には、特別な繋がりが出来る。
それはぬるま湯のような関係を何年も続けるよりも深い部分の繋がりだ。
だが、二人は逆に表層的な繋がりに乏し過ぎた。
どんな言葉を交わしていいかわからないし、距離感も掴めない。
そもそもディムもトエントも異性に対する経験値が足りな過ぎた。
よって、二人は初心な学生のごとく揃ってもじもじし続けた。
「その……」
「はい?」
トエントが口火を切って、ディムが応える。
「その……」
「はい……」
何か喋らなくては、と口を開いたはいいが特に話題がある訳でもないトエントは言葉に詰まる。
ディムも詰まる。
「い……」
「い……?」
「いい……戦いだった……」
「……」
搾り出した話題にこれでよかったのか、と口に出してから後悔した。
「納得……していただけましたか?」
「納得……?」
「その……」
ディムは、地面を見つめて髪を弄りながら言う。
「まだ……死にたい、と、思いますか?」
その言葉で、ようやくトエントは自分が言わなくてはいけない言葉に思い当った。
「ありがとう」
「……それは、どういう……」
伝えたい事を伝えたはいいが、自分の中の想いをうまく言語化できない。
だから、ぶっきらぼうに伝える。
「もう、死のうとは思わん」
「……」
ディムは顔を上げて天井を見上げた。
「よかっ……たぁ……」
目が潤み、零れそうになったのか、慌てて下を向いて目元を拭った。
トエントの胸がぎゅう、と締め付けられるような感覚を覚えた。
と、同時に胃袋もぎゅう、と鳴った。
ディムが苦笑を向ける、どうやらその音はディムにも届いてしまったらしい。
トエントは頭を掻く。
「腹が減ったな……」
「ふふ……そう、ですね……私もです」
「……」
「……」
と、そこで会話が途切れた。
途切れたままに、二人の顔色が段々青くなっていく。
通常ならば「では食事でも」と持って行ける流れだ。
しかし、二人は本当にこの日に死ぬ覚悟をして来たのだ。
加えて、妙に生真面目な所がある。
よって、今日と言う日を迎えるのにあたってしっかりと身辺整理を済ませている。
トエントは豊富にあった蓄えの殆どを数少ない知人や友人に送り、余分は全て寄付に放り込んだ。
手元にあった死出の路銀も先程のクリーニング代で消えた。
一方のディムも、多くは無い財産の殆どを寄付に当てた上で仕事も辞めた。
つまり、二人揃ってすっからかんの無職である。
全ての源泉が魔力であるこの魔物世界において金銭は以前よりも絶対的価値を持たなくなった。
とはいえ、すっからかんである。
自分の身一つであれば何とでもなる。
しかし、気になる異性である相手に「実は手持ちが……」というのは何とも気まずい。
トエントとディムはどうする事もできずに、ただ互いに相手の顔色を伺うばかりだ。
ぐいっ
と、二人の背後から同時に掻き抱くように腕が回された。
必然、強制的に密着させられて真っ赤になる二人の
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