中編

 「はぁ……はぁ……」
「……」
広く、物の少ない……ともすればミニマリストを思わせる殺風景な部屋。
そんな部屋に満ちているのは濃厚な雌の匂い。
ベッドの上で二人の女……いや、女と少女が身を寄せ合い、荒い息を吐いている。
一人は歳の頃二十台半ばの成熟した身体つきのセミロングの女性。
普段はバリキャリ然とした理知的な光を湛えた目はとろんと蕩けている。
一人は真子。
その雪のように白い肌をしっとりと汗ばませ、目を閉じている顔は精緻な人形のようだ。
「触らせてくれるなんて、珍しいのね……」
頬にかかった髪を払いながら女が言う。
「……」
真子は目を開く。
女は気付く、その目はこちらを向いていても、女の事を見ていない。
「嫌な事、あった……?」
「……ううん、別に……シャワー、浴びるね」
そう言うと真子はベッドを下りた。
「……」
背後に感じる寂しそうな視線を感じ取り、振り返る。
「……一緒に入る?」
「いいのかしら?」
「どうぞ」
二人の美しい肢体が浴室に消え、長い間水音が響いた。







 女が帰った後、真子はベッドの上で胎児のように膝を抱えて横になっていた。
身体は満たされている、身体だけは。
ぼんやりと過去を思い浮かべている。
初恋はいつだったか。
中学生の頃。
友達の女の子を好きになって、独り占めしたいと思った事がある。
そこまで深く考えなかったがあれは恋愛感情だったと思う。
でも、その子には好きな男の子がいて……その男の子に自分は告白された。
無論、断った。
その次の日から女の子は自分と口を利かなくなった。
それで終わりだった。
他にもあった。
今の人のようにずっと年上の人と逢引を繰り返して、本当に好きになった事がある。
でも、いくら自分が相手を夢中にさせても、身体で篭絡しても。
それは相手にとって「火遊び」であって、自分をずっと一緒に居る相手とは捉えてはくれない。
だから遠回しに「飽きた」と伝えて会わなくなった。
本当はそんな事は言いたくなかったし、別れたくなかった。
だけど、その関係を続ける事が自分にとって苦しくなり過ぎた。
ずっとそうだ。
自分は人にとって快楽を与えてくれる相手、綺麗で可愛くて、連れて歩くと自慢できる存在。
それだけだ。

 ヴヴッ

 ベッドの上のスマホが振動する。
手を伸ばして見て見ると、聡からのラインだった。

 お疲れ様、今度ピクニックにでも行きませんか。

 それを見て、すぐにベッドに放り投げて体を丸めた。
(……ピクニック……?)
もう一度、手を伸ばしてスマホを引き寄せた。







 「今時ピクニックとかだいぶ珍しいから思わず来ちゃいましたよ」
「まあ……自分が来たいからついでにって感じだけどね」
雲一つも無い晴天の元、二人は電車でやって来たコスモス園にいた。
周囲は家族連れが多く、子供のはしゃぐ声が遠巻きに聞こえる。
秋に差し掛かっているとはいえまだ夏の名残の日差しは強い。
「……日傘を持っている男の人初めて見ました」
「今時は珍しくないよ、はい」
「……どうも」
傘を差し、二人で歩き始める。
薄桃色に咲き誇るコスモスの絨毯を見ながら、さわさわと風に吹かれて歩く。
「……」
「……」
無言で歩く。
気になって聡の方を見ると、遠い目でその色彩を見つめていた。
無理に会話をしようという様子ではない。
自分が来たかったから、というのは本当のようだ。
「……もう、なっちゃんという繋がりもありません、どうして声を掛けたんですか」
「友達だしね」
「その設定、まだ続けるんですか」
「嫌ならいいよ」
「別に嫌ではないです」
「じゃ、続けよう」
会話と言う会話もなく花を眺めながら歩く。
風が吹き渡り、日差しが足元を照らす。
子供の声が響く。
コスモスは綺麗だ。
「ちょっと早いけどお昼にする?」
「はい」
「待ってて」
聡はリュックを下ろすと、レジャーシートを敷き、その上に弁当を広げ始めた。
弁当は聡が用意すると事前に聞いていたので真子は何も持っておらず、聡を手伝った。
お重形式の弁当箱で、次々広げていくと予想以上の品数とボリュームが広がった。
「これは……何とも……」
全て広げ終えて真子は思わず呟く。
ふりかけで色づけられたおにぎり。
ウインナー、唐揚げ、ハンバーグ、肉巻き等の肉類。
ブロッコリー、トマト、アスパラ、スパゲティーのサラダ類。
筑前煮、煮豆、卵焼き等の和食類。
カットフルーツ類。
彩りも豊かで、どう見ても手間のかかっている品々だ。
「おにぎりはちゃんとラップ越しに握ったから衛生面は大丈夫だよ」
麦茶を注ぎながら聡が言う。
「私は気にしません」
「そっか、気にする人は気にするからね」
お茶とおしぼりと割り箸を渡すと、弁当を挟んで真子の向かいに胡坐をかいて座る。

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