教会に似た建物だった。
堂内を囲う壁にはゴシック様式に近い複雑な装飾が彫り込まれ、規則正しく配置されたステンドグラスから光が投げ込まれている。
見上げると首が痛くなるほどに高い天井に描かれるのは魔道の英知の最高峰に位置するとされるシロクトー・サバトが頭領「シロクトー」の御姿だ。
そのシロクトーの肖像に見守られて規則正しく整列するのは数百を下らない魔物と人間達。
一様にシックな黒で統一されたガウンにネクタイ、四角い学生帽を被ったいわゆるアカデミックドレスに身を包んでいる。
その整列の中から一人の女学生が前面の壇上へと歩み出た。
小柄な体をガウンで包んだその少女は全ての魔物の例に漏れず整った顔立ちをしているが、少しばかり幼さが勝っているため少々服装とアンバランスな印象を受けた。
学生帽の脇から肩まで伸びるくすんだ金髪は癖なのか、ところどころ先端がくるりとカールしている。
そして頭部の側面を飾る角は幼い印象とは裏腹に立派に伸び、ねじくれて天を突いている。
かさり、と持っていた紙を開き、少女は場内に声を響かせ始めた。
「暖かな春の訪れと共に、私達238名は無事に魔界高等教育学校の入学式を迎える事が出来ました」
大きく、勝気さを感じさせる鋭い灰色の眼差しを原稿に落としながら、幼さの残る声を少女は張る。
「本日はこのような立派な入学式を私達のために開催して下さり、ありがとうございます、私達はーーーー」
定型的な挨拶文を語る最中もきちんとネクタイを締められた胸をぐっと張って背筋を伸ばし、緊張も物怖じも感じさせない。
「先生方先輩方には温かく、そして時に厳しく、ご指導くださいますようお願いいたします……新入生代表、ベラゴール・ブラックヒル・バクスチュア」
そこまで言い終えると少女は原稿を折りたたみ、頭を下げる。
ざあっと会場を拍手が包んだ。
(何て完璧な挨拶なんだろう)
その新入生の中の一人、カール・ウッドは一際強く手を叩きながらその壇上の同期生の姿に見入った。
(ああ、頑張って良かった、本当に血を吐くほど頑張って良かった……)
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ここは「魔界アカデミー」
「高等な教育」を受ける場所。
そもそも義務教育という概念の無い地域……特に魔界化した地において「学校」に通うという選択をする魔物が希だ。
相当に向上心が強く、魔物の中でも割と変わり者達が集う場所でもある。
中には地頭の良さに物を言わせて同年代の若い異性が集まる環境に行きたいという不純な動機の学生もいないではないが……。
この少年、カール・ウッドは実は後者であった。
しかしながら地頭の良さを持ち合わせていなかったカールは涙ぐましい努力によって入学を勝ち取ったのである。
その不純な動機が彼女、ベラゴールだった。
直接的な関わりは無い。
ベラゴールは城に住む古い血筋の魔物であり、カールはその城下に住む平民の息子だ。
幼馴染という訳ではなく、劇的な出会いがあった訳でもない。
それどころか口を利いた事さえ碌にないのだ。
カールは幼い頃に窓から時折見える彼女の姿に心を奪われ、こっそりとその姿を遠くから見つめるのを楽しみにしているのだ。
彼の普通でない所は、その遠くから見つめるという事の為に骨身を削る努力をした所であった。
失礼な言い方をするとストーカーであった。
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「この魔力のスペクトルは次の工程で拡散し、次の公式Aにおいて収束する、この意味は……」
知識の無い者が見れば眩暈がするような公式で埋め尽くされた黒板の前で教鞭をとるのは青い肌のデーモン。
豊満な肢体をスーツで包んだ姿はその趣味の者にとっては垂涎だろうが、少なくともこの講堂にはそう言った不埒な目線を注ぐ者はいない。
高等教育という名前は伊達ではない。
気を抜いて講義を聞き逃せばたちまち置いて行かれてしまう。
大多数の生徒達は知識をモノにしようと講義に齧りつく。
とは言え、魔物やインキュバス達の中でも曲者が揃うのがこのアカデミーだ。
少数ながら鼻歌混じりに聞き流すだけで理解できてしまう天才肌の生徒もいれば、何で来てるのかわからないくらいぼーっとしている者もいる。
無論、カールはそんな少数の部類には属していない。
むしろことのほか努力を必要とするタイプだ。
毎回知恵熱が出る勢いで頭を回さなければならない。
しかしながら実はこのカールという青年、周囲のどの生徒にも無い特異な能力を習得しているのだった。
(公式Aはこの前の講義に出たこれだから、この公式に当てはめると)
(……ああ、今日も綺麗だ……)
(拡散の後の収束という事象はつまり)
(……あの真剣な目で見られてみたい……いや、無理だ心臓が止まる……)
(公式Bの時の考え方を応用して)
(……あ、角の付け根掻いた、かわいい……)
人間は二つの事を同時
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