剣の行く末


 目に沁みる朝焼けだった。
周囲の雲を紅く染めながら昇る太陽に照らされて、地も赤く染まっている。
 いや、地を染めているのは朝焼けだけではない。
夥しく積み重なる兵士の死体、死体、死体。
そこから流れ出る血が大地を染めている。
人間だけではない、馬の死体もある。
引いていた戦闘用の馬車からは火が上がり、パチパチという音と共に黒煙と異臭を立ち昇らせている。
開けた広大な平原に果てしなくその紅い光景は広がり、朝焼けがその紅を更なる紅で包み込んでいく。
「違う……こいつじゃない」
「捜せ!この辺りのはずだ!」
 殆ど動く物の無いその光景の中を数人の兵士が走る。
時折足を止めては倒れている兵士の顔を確認し、首を振る。
「隊長ー!お返事を!」
「隊長ー!」
 周囲に声を枯らして呼びかける。
と、そのうちの一人が全員に声を掛けた。
「おおい!こっち!こっちだ!」
「どうした!いたか!?」
「いや、違う、だがこれは……」
 兵士の一人が見つけたのは、一際巨大な馬車。
豪奢な装飾を見るだけでも他との違いが分かるその馬車は横倒しになり、ひしゃげた車輪を紅い陽光に晒している。
そして、その馬車に座って寄りかかっているのはこれもまた一際大柄な男。
鎧や兜を見るに明らかに一般の兵士とは違う。
「アレグスコ!?」
「敵将のか!?」
「間違いない……!た、隊長が、本当に一人で……!?」
「待て、本当に死んでいるのか?」
剣を構えて、数名の兵士が近寄る。
「うっ……」
一人が口元を抑える。
「どうだ?」
「死んでいる、間違いない」
 座り込んでいるように見えたその男は上半身だけだった。
地面に血の池を作りながら馬車に寄りかかったその上半身は苦悶の、というよりは驚愕の表情を浮かべている。
「と言う事は……隊長はいる!この周辺だ!」
「し、しかし、生きている者はどこにも……相打ちに……?」
「なってないよ」
 唐突に聞こえた足元からの声に全員が飛び上がり、声の方向に剣を向ける。
死体に混じって寝転んでいたその声の主はのっそりと上体を起こし、朝焼けに眩しそうに目を細めた。
若い、他の兵士達よりも一回りは若く見える。
血の赤で斑になっている豊かな金髪は元は美しい光沢を放つ質をしており、瞳の大きな顔立ちは女性的ですらある。
この真っ赤な情景に似つかわしくないほどに耽美な顔立ちをした少年だ。
「朝か」
「隊長!ご無事で!?」
「お怪我は!」
 剣を納めて駆け寄ろうとする兵士を手で制し、少年は立ち上がる。
ぽんぽんと軽装の鎧に付いた土を払い落とし、返り血で真っ赤に染まった顔をごしごし拭う。
「あー、よく寝た……」
「寝っ……」
 言葉に詰まる兵士達に構わず、長身の少年は傍に置いてあった大剣を軽々しく持ち上げて兵士に言う。
「で、出迎えに来てくれたからには何か食える物でも持ってきたんだろ?」
「え?い、いえ……」
「気が利かねえな」
 ぶつぶつ言いながら腰の革袋から携帯食のドライフルーツを取り出し、齧り始める。
「大体昼には帰るって伝えた、何をそう泡食って捜しに来てるんだ」
「いやまさか本当に単身で行くなんて……普通は冗談だと」
「俺は冗談なんか言わん」
 その顔立ちに似合わぬ粗暴な仕草でぺっ、と種を吐き出しながら少年が言う。
「戦後処理は任せたよ、また次の戦があるんだ」
「え!?」
 兵士達は顔を見合わせる。
「化け物だとか超人だとか、色々噂を聞いてたけどそいつは完全に見掛け倒しだった」
 既に興味を失くした物を見る目で、上半身だけになった敵の将をちらりと見やる。
「次はもっと強い奴と会えるといいな……」
少年は紅い光の中で、もう次の紅い光景に想いを馳せる。
トエント・オルエンド。
後に「暴風の騎士」の異名を取る少年。







 「ううむ」
 陽光に目を開く。
その陽光は真っ赤な朝焼けではなく、未だ昇り切らない青白い朝日。
漂ってくるのは血と煙の混じる異臭ではなく、冷たい朝の空気。
「ん……」
 宿の一室、ベッドの上で身を起こすと全身の節々からギシギシと軋む音が聞こえるようだ。
少しばかり解せば動きも滑らかになるが、寝起きだけはどうにもならない。
寝込みを襲われる事もざらだった昔であれば死活問題なところだが……。
ベッドを下り、軽い柔軟で血の巡りを戻した後、洗面所に向かう。
「……」
 よく磨かれた鏡にくっきりと自分の顔が映る。
真っ白な髪に、顔に深く刻まれた皺。
深く窪んだ眼窩に収まる目は灰色。
年を追おうとも、もう少し前はまだその目には光が……「血の気」のようなものが宿っていたはずだった。
だが、今鏡に映るその目はひどく落ち着いている。
達観、と言うべきか、諦観、と言うべきか。
いずれにせよ以前のようにただ見るだけで人を威圧していた頃の面影はない。

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