悪魔の歌

 「好きな音楽何?」
普通の会話で、普通によくある話題だ。
まだ付き合いの浅い仲で牽制的に振るのに丁度いい話題でもある。
どんな人も、大抵好きなアーティストやジャンルが一つ二つある。
とある大学生、木下将(きのした まさる)はこう答える。
「いや、あんまり音楽聞かないんだ……○○さんは好きな音楽あるの?」
そうして、さりげなく相手に話題を振る。
これも珍しい返答では無い。
音楽に興味の無い人だって多々いる。
自分もそういう人ですよ、という事にしておく。
本当はある、むしろ熱狂的に好きだ。
しかし、それを決して他人に明かそうとはしない。
木下の好きな音楽ジャンル、それは「メタル」だ。
メタル、そう、ヘヴィメタル。
いかついおっさんや長髪の兄さんが髪を振り乱して騒音一歩手前の音を奏でる、あの音楽だ。
例えばそれを他人に伝えたとすると「へー、意外」という反応が返ってくる。
木下自身は別にいかつくはない、むしろ色白でなよっとしている。
アイドルとかJPOPとか好きそうに見られる。
だが違う、メタルなのだ。
それもかなり筋金入りに。
そこで流してくれたらいいのだが、踏み込んで「例えばどんなバンド?」と聞かれるとする。
正直にメタルバンド特有の長ったらしいバンド名を言うと「へ、へー」みたいな反応をされる。
それがもう、苦痛だ。
さらに踏み込んで「どんなの?聞かせてよ」と来たら更に辛い。
大抵はイヤホンを借りた後に「お、おう」みたいな反応が返ってくる。
「聞いてて頭痛くならない?」とまで言われたりする。
それが、本当に苦痛だ。
わかっている、断じて万人受けするジャンルではないし、ニッチであるのが普通だと思う。
だけど、心の底では共感してもらいたい。
何だったら、自分が布教できたら……そして語り合える同士が出来たら……。
現実はそんな微かな淡い希望をいつも打ち砕く。
木下将はヘヴィメタルを愛している。
そして、それは誰にも秘密だ。







 「あー……ちょっと方向性変わったな……」
部屋で一人、木下はヘッドホンを外して溜息をつく、贔屓のバンドの新曲の感想がそれだった。
近頃音楽はネット配信が主流であり、昔のようにCDショップをしらみつぶしに回って探す必要はなくなった。
とはいえその過程も楽しみでもあったので少し寂しいが……。
ともあれ、目的のバンドもバンド名で検索すればネット上ですぐに購入できるのはありがたい。
木下は口元をへの字に歪めて画面を見つめ、悩んだ。
贔屓なのだから買って応援したい気持ちはある、しかし、曲自体は好みでなかった。
その葛藤から購入を迷っていると、販売サイトの下部に別のバンドの広告が流れて来る。
「……あっ……!」
ほぼ反射的に、その中に流れて来たバンドの広告にマウスを合わせてクリックした。
(出たんだ新曲!)


 ガールズメタルバンド「Luna」(ルナ)
彗星の如く現れ、爆発的にファンを増やしている国籍不明のニューカマー。
演奏技巧や圧倒的声量もさることながら、一番の特徴はその歌詞。
全てが創作言語であるというそれはどの言語とも似つかない。
圧倒的技量で叩きつけられるその意味を超越した響きは脳に、そして「下半身」に響く。
激しく、狂気的でありながらもその楽曲に漂うのは濃密なエロス。
一部評論家から「下品な程に官能的」と称されるその音はファンを虜にする。

 木下はデビュー一曲目からLunaのファンになった。
ファンクラブに登録し、新情報には常にアンテナを張っている。
「っし……!」
サンプル視聴が容易なのもネット販売の利点だ。
木下はすぐさま再生する。

 「ーーー〜〜〜〜ーーー===〜||〜=〜〜〜〜〜〜(((’=(〜〜〜〜〜|((==〜」

 爆音、轟音
それでいて緻密に計算されたようなキャッチーさ。
暴力的でありながら、まるで脳髄を舐め回すような妖艶な金切声。

 ああ、すごい。
やっぱり、このヴォーカルがすごい。
「シロップ」は最高だ。

 木下は特にこのヴォーカル「syrup(シロップ)」の声に夢中だった。
抉るような低音から切り裂く高音まで自由自在な音域。
そして、甘い声でも無いに関わらず匂い立つ官能。
たまらずヘッドホンを耳に押さえつけ、頭を揺らしてしまう。
そして、激しい勃起。
そう、Lunaの曲を聞くと抑えがたく下半身がいきり立ってしまうのだ。
初めて聞いた時にもそれが衝撃的だった。
音楽で勃起するなんて体験は初めてだった。
メタルで高揚する事はあれど、それが性欲と結びつく事があるとは。
そして、それがどうしようもなく快感だ。

 「ふぅ〜〜〜〜」
良かった。
思わず漏れた溜息は賢者タイムそのもの。
Lunaの曲を聞くと必ずこうなる。
もしかすると自分は変態かもしれない、音楽で勃起すると
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