後編

 安息日の実施により、また少し二人の関係は変化していった。
ミヴァンはウルスイの今まで知らなかった一面も多く見る事になった。
ウルスイは甘い物が好きだった。
ミヴァンに腕を振舞う時、彼女も必ず同席するようにしている。
その時デザートをつい、ミヴァンより早く食べ終えてしまう時があったりした。
謝る彼女に甘いの好き?と聞くと好きだと答えた。
食事に好き嫌いも何もないように思っていたから意外だった。
ウルスイは楽器を嗜んだ。
ある町で路上で演奏を披露する一団を見た時、自分も一応弾く事はできる、と彼女が言うので是非弾いて見せて欲しいとねだった。
うまくはありません、と前置きしながらその日のうちにどこからかギターを拝借し、ミヴァンのために演奏してくれた。
音楽に関しては全く素人のミヴァンであっても、半端な腕前ではない事が伝わった。
感動して手が痛くなる程拍手すると、それ程のものではありません、と俯いて呟くように言った。
表情に出ないのでわかりづらいが、恥ずかしがっているようだった。
ウルスイは寒さが苦手だと言う。
知った時は本当にびっくりした
旅の中で極寒と言えるような環境であっても全くそんな素振りを見せた事はなく。
何より彼女自身が氷のような印象なので、勝手に寒さには強いものだと思い込んでいた。
全然そうは見えない、と伝えると、それはどういう意味ですか、とちょっと憮然とした様子になった。
そうして交流を深めていくたび、いつの間にかミヴァンは笑顔を見せる機会が多くなった。
幼少の頃の記憶を忘れる事はない、だが、いつしか夢に見る事も減っていき、常に意識の底にあった暗い感情を忘れる事も多くなった。
そうした中で、二人の関係を更に変化させる出来事が起きた。
ミヴァンの年齢を考えると、それはある意味必然だったのかもしれない。







 「ウルスイ」
「何ですか」
そこは森の中にある洞窟、というには浅い、岩の中のくぼみのような場所だった。
雨降る森の中を進んでいた二人は、想定よりも荒れ始めた天候をやり過ごすため一時的にそこに避難しているのだった。
外から響く雨音がざあざあと岩肌に反響し、雨と森の匂いを濃厚に含んだ風が二人の間に置かれた簡易の焚火の火を揺らしている。
「その……」
「……」
話しかけたミヴァンは、続きを言うか言うまいかを悩んでいるようだった。
「……」
「……」
口を開こうとしては閉じ、それでも何かを言おうとしている。
ウルスイは急かす事もなく黙って聞いている。
「お、れ……ウルスイに……感謝してる……んだ……」
どうにか絞り出した言葉は、普段あまり言わない言葉だった。
だが、それが本題でない事はわかる。
本題にいきなり入る事をためらったため、遠回りに何かを言おうとしている。
「こんな俺の事……見捨てないし……いや、こんな俺、なんて言い方……しちゃ駄目だけど……」
要領を得ないが、それは本心であろう事は伝わる。
「だから……俺……どんな事でも……ウルスイには隠さないようにしようって思ってる……」
「悩んでいるのですか」
ウルスイが言うと、ミヴァンは何か泣きそうな顔をした。
近頃笑顔が多くなったミヴァンには珍しい表情だった。
まるであの時に戻ったかのようだ。
「差支えなければ聞かせて下さい、私に解決できる問題かはわかりませんが……」
そう言われて、ミヴァンは口を開く、だが、何か苦い物を噛み締めるように言う。
「聞いて……俺の事、嫌いにならないで欲しい……」
ウルスイは腰掛けていた岩から立ち上がり、向かい合って座っていたミヴァンの隣に腰を下ろした。
「言って下さい、いえ、言いなさい」
何か、大事な事を言おうとしている。
どんな事であってもそれを聞き逃す訳にはいかない。
ウルスイは蒼い目でいつものようにしん、と静かにミヴァンの目を見つめながら言う。
ミヴァンはごくりと喉を鳴らした。
「ゆ……夢に……見るんだ……」
ウルスイの目が細くなる。
まだ、過去が彼を捕らえて離さないのか。
「ウルスイの、夢を……」
「私の?」
意外な言葉にウルスイは目を見開く。
「そ、それはここ最近、何度かあって……その度に……夢の中で「悪い事」をするんだ……ウルスイ、に……」
「……」
「少し、前に……とうとう……その……とうとう……夢から覚めたら……下着、が、汚れていて……」
「……」
「それは、バレないように……処理していて……」
「……」
「その……」
「ミヴァン」
ミヴァンは顔を上げて、怯える目でウルスイを見た。
ウルスイの表情は変わっていない、いつものように冷たく、静かだ。
「俺……俺……!ウルスイに、本当に感謝してるんだ!なのに……!夢の中でこんな事する俺は……!」
「ミヴァン、落ち着いて下さい」
ふわ、とミヴァンの肩に柔らかいものが触れる
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