黒猫遊戯

その日その日を気ままに生きる猫は過去に想いを馳せる事は滅多に無い、クロも同様にそうだ。
それでも思い出さない日が無い訳でもない、クロは思い出していた、あの正体のわからない恩人が去った後のベッドの上で。



記憶の一番底を掬い取って思い浮かぶのは兄弟達と押し合いへしあいしながら母猫の乳に必死にしゃぶりつく自分の姿だ。
兄弟が何人いたかは覚えていない、自分の後にも何回か生まれて増えたり死んで減ったりした。
自分がその兄弟達と違うと最初に感じたのは兄弟達が発情期を迎えた時だ、皆が繁殖相手を探してにゃあにゃあと鳴きはじめても自分は一向にそんな気が起きず、いつまでたっても平常通りだった、自分は少し他の猫と違うようだ、とはその時から薄々感じていた。
その感覚が正しい事を証明したのは自分の寿命だった、兄弟も顔見知りも徐々に老い、姿を消していく中で自分の体はいつまでも衰えることなく、若いままだった。
どのくらい生きた頃からか、人間の言葉が理解できるようになり始めた。
元々猫はある程度人間とコミュニケーションを取れるだけの知能はある、しかしそれはせいぜい簡単な情報や相手の機嫌がどうだとかを察知できる程度だ、自分は本当に人間の発する言語が理解できた。そんな中で出会ったのが泣き虫な人間、ヨウジだった。
らしく無い事にその人間の事が無性に気に掛った自分がその後構ってやったり構われてやったりするうち、彼の元に居る事が不思議と居心地良く感じるようになった。
そして、あの事件が起きた。
魂だけになった自分を救ったのはあの奇妙な女だった、一体どうやったんだかは知らないが、気がつくとこの身体で目覚めたのだ。
彼女が言う事には誰に対しても出来る事では無く、長い年月を生き、魔物の素養を備えた自分の魂だからこそ出来たのだと言う。
とりあえず礼を言うと同時に目的を聞いた、何の見返りもなくこんな事をするとは思えなかったからだ、しかし彼女からの返答は曖昧な物だった。
「それが私のお仕事だから♪」
と言う事らしい、何の事やらわからないがこれ幸いとヨウジの元に舞い戻ったのだ。



そして今、クロは思うのだ、生まれてからずっと来なかった発情期が今、来たのだと。
それも兄弟達のとは違う、雄なら誰でもいい訳ではない、優秀な雄だったらいい訳でもない。
ヨウジだ、ヨウジが欲しい、ヨウジでしかこの疼きは鎮められない、ヨウジ以外は何もいらない、ヨウジしかいらない、ヨウジが欲しい、ヨウジが、ヨウジが、ヨウジ、ヨウジ、ヨウジ。
クロは体を胎児のように丸めたり何度も寝がえりをうったりしながら何とか眠気が訪れるのを待ったが、無理だった。
やがて、視線はベッドに隣接している壁に釘付けになりはじめる、部屋の間取りからするとこのすぐ隣にヨウジが寝ているはずだ。
クロはよっぽど部屋に忍び込んでやろうかと思ったがそれも出来なかった、今の居心地のいい関係を壊すのが怖かったからだ。
「ヨウ・・・ジ・・・」
どうする事も出来ず壁を穴が開くほど凝視する。
「んなぁー・・・」
カリ・・・カリ・・・
無意識に鳴き声を上げながら壁に爪を立て始める。
「なぁぉー・・・・」
カリカリ・・・カリ・・・
この向こう、この向こうにヨウジが居る、ヨウジが寝ている、ヨウジが。
「なぁ〜〜〜・・・・ん・・・なぁぉ・・・・」
カリカリカリ・・・
「なぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ん・・・よぉぉ・・・じぃ・・・ぁおぉぉぉ〜〜〜んん・・・」
カリカリカリカリ
クロが必死に声の音量を抑えていたため、その声は隣の部屋に届くことは無かった。
しかし、その乞うような焦がれるような切なげな鳴き声と壁を引っかき続ける音は一晩中部屋の中に響き続けた。



ハドーケン!ソニッブーム!ハドーケン!ソニッブーム!ハドーケン!ソニッブーム!
「飛ばそうとしてんだろ?飛ばそうとしてんだろ?飛ばねえから!絶対ぇ飛ばねぇから!」
「・・・」
ハドーケン!
「飛ばねぇっ・・・っからぁぁぁぁ〜〜〜〜!」
「格好の的」
ウォォォ〜〜〜〜〜!!
「ちょっ――――――」
チリトトモニメッセヨォォ〜〜!!ウァーーーーーー
「ア゛ッ――――――」
洋二、八連敗である。
「ぐぐぐぐ・・・おかしいって・・・俺のゲーム歴が何年だと・・・」
「センス」
「このやろおー!?」
休日の昼下がり、二人は居間のテレビの前でゲームに興じていた。
ネット対戦もいいが折角同居人がいるのだからで二人で遊ぼうと思い、クロにゲームを教えた結果がこれである。
「それにしたって上達早すぎだろ・・・」
「見てたから」
そう言えば猫の頃、洋二がゲームをしているとよく隣にちょんと座ってゲーム画面を見つめていた、まさか内容を理解していたとは・・・。
洋二がもう一回だ!と息巻くのをよそにクロは対戦モードを抜け、ネットで対戦相手
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